夜を駆ける
寝台から抜け出して、まずは台所に父を探しに行くことにする。
やわらかな肉球が音をたてることなく体を運んでくれる。
虎の体は四つ脚のため長く、視線はずいぶんと低くなる。歩く感覚が変わったので、後ろ脚をどこかに残してきたような気がしてならない。
自分の体が随分と大きくなったので、住み慣れたこの家にも違和感がある。
湯気のこもる台所に父の姿はなく、どこか気が抜けてため息が漏れる。どこかに出掛けてしまったらしい。
虎の体のまま外に行く気になれず、床にうずくまる。出掛けたなら、早く帰って欲しい。疑問と推測と不安が混ざり合い、自分独りで抱え込むには大きくなりすぎてしまった。
はたはたとしっぽで床を打つ。
あたしは大丈夫なんだろうか。もし、あたしが狂ってしまったのなら…誰かに対して害をなすような事をしたなら、父に助けてもらうしかない。
今までの自分と今の自分が、すべて同じであるなんて思えない。
体は大きく逞しくなったのに、心は不安でしぼんでしまっている。あまりにもバランスが悪くて可笑しくなってしまう。
強い獣の全ては、精神的に強いのだ。
借り物の体にいる今はバランスが悪くて当たり前だ。いくつめかのため息が、湯気に溶けていった。