夜を駆ける
家から離れることを考えてめちゃめちゃに走った。
この体は駆けると重さを感じない。力強い筋肉が、走るという命令を受けて大きく躍動する。
駆けるためにこの筋肉はあって、駆けられたことが、動くことが嬉しくてたまらないみたいだ。
小さな薮を跳び越える時や、川面に並ぶ跳び石を踏みながら川を渡る時には心が震えた。
駆けて駆けて
あたしは何処へ
来ただろう
休む気になったのは、見知らぬ場所に来たからで、村からは十分に離れたと確認できたからだった。
誰も獣の脚に追い付く者なんていやしない。
清流で喉を潤すために、岩に屈んで水を舐めとった。
ずうっとこのままなんだろうか。
水面がちらちらと光を揺らして流れていく。
今のあたしは水を飲むのに大地にこい願い、額ずいて喉を潤す。
食卓で煎れるお茶は、自然の恵みだと忘れてしまう生活の営みだった。
よく聞こえる耳に森のざわめきが届く。虫の羽ばたきや小さな動物のたてる音が聞き分けられる。
もし、もとに戻らなかったら。あたしは森で暮らすのだろう。
どうやって生きていくのかは、きっと本能の赴くまま体が知っているのだろうから。
父に会うのは、夜まで待つことにした。