夜を駆ける
目を閉じると虫の動きも、獣の動きも何らかの意思に基づく行動だとわかる。
風に破れた網を繕う蜘蛛や、食べ物を探す鹿が木の皮を剥いだりしている。
ああ、皮なんて食べて。まだ冬にならないのに。美味しい草にしたら。
ぴくりと鹿は耳をそばだて丸い目を向けた。
皮が好きなの。
そう聞こえた気がした。
ふふっと笑いが込み上げてきた。なんだか地面に根を張って大地と一体になった気がした。
大地の上で繰り広げられる生き物の営みが、自分の皮膚感覚のように感じられた。
視界の端に、するりと流れるような姿が目に入った。自然なその動きは無駄がなく、堂々としていた。
黒い獣だ。
『ローリングサンダー』
わかっていただろうに、頭をひとつ振り、こちらへとやって来た。
『お前がやったのか』
『何、言ってることが解んない』
面倒くさそうに、辺りを見回し根っこが広がってる、と言った。
『お前を中心に半径500メートルくらい支配下に置いてる』
『どういうこと』
『この辺りの森には、もうお前に逆らう者なんて居ないってことだ』
バリバリと後脚で首の後ろをかく。
『あいつが…斑が見て来てって言うまで信じられなかったけどな…』
ふと寂しそうな顔をする。獣の顔は人間と比べたら表情が少ないようだけれど、黒い獣は人間くさくて表情も豊富だった。
『…あたし何もしてない』
ぱたりとしっぽで地面を打ち、黒い獣はあたしを見た。
『意識を広げただろ。遠くの様子をすぐそこに感じたはずだ』
思いあたるのは、蜘蛛と鹿だった。そのように伝えると黒い獣は頭を振った。
『それだよ。無意識にやってんのか。あんまりやるなよ。お前には解らないかもしれないが、支配下に下った獣や昆虫にはストレスがかかる』