夜を駆ける
『虎が好きって言ったからって、虎になるなんて思うわけないじゃない』
声に涙が混じりそうで、あたしはぐっと前脚をふんばった。あたしを横目で見ながら、黒い獣は息をついて、横に寝そべる。
『なんにも聞いてないわけだ』
『そうよ。知ってたら、こんなに困ってない』
『俺の知ることも、出来ることも限られているけど、決定権のあるのは、お前の親父さんなんだよ。お前の親父さんが決めたから、こうなったってことさ。まあ運命共同体ってこと』
『どうして。何を決めたらこうなるのよ』
『世界の果てまで駆けていけるようにさ』
ぐすんと鼻を啜りあげる。ああもう虎って泣くのも大変。やたらと不器用な前脚はこぼれそうな涙をうまく拭えない。
『わかった。もうあたし世界の果てまで見に行くから。案内してよね』
『案内してやる。だけど鼻水垂らすのはやめてくれよ』
『するわけないじゃない』
今だけはいいって事にしよう。黒い獣も知らんぷりをするつもりだ。
寝そべる二匹の獣をぬうように、トンボが横ぎっていく。
果てしなく自由に。