夜を駆ける


『虎が好きって言ったからって、虎になるなんて思うわけないじゃない』

声に涙が混じりそうで、あたしはぐっと前脚をふんばった。あたしを横目で見ながら、黒い獣は息をついて、横に寝そべる。



『なんにも聞いてないわけだ』



『そうよ。知ってたら、こんなに困ってない』

『俺の知ることも、出来ることも限られているけど、決定権のあるのは、お前の親父さんなんだよ。お前の親父さんが決めたから、こうなったってことさ。まあ運命共同体ってこと』

『どうして。何を決めたらこうなるのよ』

『世界の果てまで駆けていけるようにさ』

ぐすんと鼻を啜りあげる。ああもう虎って泣くのも大変。やたらと不器用な前脚はこぼれそうな涙をうまく拭えない。

『わかった。もうあたし世界の果てまで見に行くから。案内してよね』

『案内してやる。だけど鼻水垂らすのはやめてくれよ』


『するわけないじゃない』

今だけはいいって事にしよう。黒い獣も知らんぷりをするつもりだ。

寝そべる二匹の獣をぬうように、トンボが横ぎっていく。

果てしなく自由に。


< 41 / 53 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop