夜を駆ける
『あたしは知ってるわ、すべて見たもの』
思いきって声を張りあげると目を見開いた父や、スンホンの父親、部屋にいた皆があたしを見た。
その後、誰が喋ったのかきょろきょろする者もいたし、父はしかめっつらであたしを見て、話すなと目顔で言ってくる。
『あたしははシュウメイです。なんで虎になっているのか解りませんが、父はあたしだとわかってくれてます。あたしはスンホンを見たし、最後に…魂だけのスンホンに会ったわ。ねぇ、おじさんスンホンは枕元に立ったでしょう。だからスンホンの遺体が見つかったんでしょう?』
名前を呼ばれてスンホンの父親はびくりと肩を震わせた。
「なんでぇ化け物虎に、おれが答えなきゃなんねぇ お前がシュウメイだと誰が信じる」
見るからに慌てて、後ろに下がりがたがたと椅子につまづく。
「飽きれた。躾しなおさなくてはいかんようだ。シュウメイ、大人の話に口を出すでない」
『でも本当のことよ。おじさんの顔色が変わったわ。あたしがスンホンに言ったの枕元に立って場所を教えてって…スンホンは人喰い虎に使い童子にされていたの。かわりの人間を連れてきたら、自由になれると思って。虎に騙されて、まだ生きていると信じてた……もう魂だけだったのに』
「へっ口先だけなら何とでも言えらぁ」
怯えているくせに、虚勢をはる なんだか哀れだ。
『スンホンのことを哀れに思うなら、ハチミツを供えてやりなさいよ。もちろん知っているわよねぇ。カワイイ我が子の好物だもの』
むきになった男の顔は、白目まで見開かれ充血した目が飛びださんばかりになっていた。
「証拠はあるのか。みしてもらわなきゃ信じられねぇよ」
『証拠ならあるわ。あたしがシュウメイだと言うことなら、何でも聞いてみなさいよ答えるわ。それよりスンホンの最後の言葉、知りたくないの』
おじさんは、ぴたりと口をつぐんだ。
『ごめんね って言ったの。死んでいることに気がつかなかった。言うことを聞かないと虎に殺されると思ったって。スンホンはあたしを虎に差し出したの』
その場の誰もが息をのんだ。あたしは、スンホンにとって自分が助かるための身代わりだった。
『あたしは死んでいないわ。死んで虎になった訳じゃない。朝起きたら虎になっていただけ。人喰い虎だって初めは普通の虎だった。子供を殺されて、殺した人間の肉を食べてしまっただけなの。虎だって困っていたわ。人間を殺すことしか出来なくなったって』