キミがこの手を取ってくれるなら
どうやってあの場から離れたのか覚えていなかった。気がつくと私は「Milky Way」の前に来ていた。大きな窓からカフェスペースをのぞく。夕暮れ時の店内は賑わっていた。
ぼんやりとその場に立ち尽くしていると、陽介さんと目が合った。
こちらに向かって手を振ってくれる。私はぎこちなく笑顔を返した。
何か気づかれたかもしれない。陽介さんがこっちにやって来た。逃げ出したい衝動に駆られたけど、私の足は根が生えたように動かなかった。
「奈緒子ちゃん、久しぶり。ほら、入りなよ。」
私の腕を軽く引っ張り、カウンター席まで連れて来ると、陽介さんは慣れた手つきでエスプレッソを淹れ始めた。いつもはこの香りがすると心が落ち着くのだけど、今日はざわざわした心が落ちつくことはなかった。陽介さんはミルクをすーっとなぞり、おなじみのハートの模様を描くと「さぁ、どうぞ。」と差し出した。
何となく、黙ったまま飲むのが申し訳なくて
「陽介さん。…どうして私のイメージは、ハートなの?」
と、前から聞きたかったことを聞いてみた。
陽介さんは、にこりと微笑んで答える。
「奈緒子ちゃんが、愛にあふれた人だからだよ。あと、みんなに愛されてる人だなって思って。」
「…そんな…そんなことないです…」
私は消えそうな声でそう口にした。
だって、私は誰からも愛されてないじゃない…