今、ここであなたに誓わせて
噂に違わぬ、なんとなく顔つきのきつい女性で一瞬構えてしまう。また運動会にそぐわない派手目な化粧をしているから一層きつい顔が強調されているようだった。そんな彼女に、娘なのにおそるおそる声をかける小百合ちゃん。
「お母さん」
「え?どうしてここにいるの?次リレー走るんでしょ?」
問い詰められるように言われ、ちらっと助けを求めるように私の方を見る。だけど私から言ったってしょうがない。
「….…私、リレー走りたくない」
「え?」
「やっぱり地区の代表なんだから、ちゃんと正当な理由で選ばれた子が走るべきだと思う」
いきなり娘からそんなことを言われ困惑したようなお母さん。きつい印象から頭ごなしに怒るかと思ったけど、なんとなく悲しんでいるように見えた。
「でも……」
そうやって口ごもる母親に私が割って入った。
「すいません。リレー私に譲って欲しいんです。……親がいなくても毎年楽しみに見に来てくれてる人達がいて。毎年走ってて本当図々しいんですけど」
そう言うと私の右腕に二枚重なった濃紺のバッジをちらっと見たような気がした。そしてバツが悪そうにこう言った。
「……半分この子に譲ってくれないかしら?」
半分?
「お、お母さんっ」
尚も娘を走らせようとする母親に娘の声が大きくなる。だけどそんな娘に構わず子どもの私に向かって、大の大人が頭を下げた。
「お願いします」
「本人がこんなに走りたがらないのになんでですか?」
私は素直な疑問をぶつける。
「……ごめんなさい。運動会が嫌な思い出だけで終わって欲しくなくて、今日が最初で最後の運動会なの」
一瞬にして場が凍り付く。幼いながらにも言葉に詰まってしまった私に、慌てて小百合ちゃんが口を挟む。
「違うのっ、そんな、この子もう死んじゃうの?みたいな目で見ないで。ただ今まで運動が制限されてただけだから」
「小百合ちゃん、運動会初めてなの?」
「うん、でも別に無理矢理楽しい思い出にする必要ないし」
「分かった。そういうことなら、小百合ちゃん半分ずつ走ろう」
そうと決まったら時間がない、と小百合ちゃんの細い手を掴んで無理矢理地区対抗リレーの待機場所へと向かう。