今、ここであなたに誓わせて
大人同士のやり取りに私は入らせてもらえず、横に座る兄へ抗議した。
「な、なんでっ」
兄は私の方を見もせず、そのまま先生と話を続ける。私だけ一人ないがしろにされ、そのまま家へ帰って来た。だけどそんな私より兄の方がご立腹で、リビングのソファーに座ると暗い声で問いただされ始めた。
「どういうことだよ」
「だって、私もう社会に出ても十分やっていけるから」
素直にそう答えると兄が頭を抱える。
「……頭痛くなってきた」
「なんで?そんな頭抱えて悩む必要ないでしょ。私も働いたらお兄ちゃんも少しは楽になるじゃん」
「お金のことなんて心配しなくていい。もっと賢い子だと思ってたんだけど」
「何それ意味分かんない」
「こんなに早く社会に出る必要ないって言ってるんだ」
「……う、うちは普通の家とは違うから」
これだけは言っちゃいけないと思っていた。だけど、分からずやの兄はこうでも言わないと私の気持ちを理解してくれない。案の定お兄ちゃんの顔が更に曇る。
「俺は凜花にそういう負い目を感じさせたくなくて、頑張って働いてきたつもりだ」
「負い目とかじゃなくて、私はお兄ちゃんがそうやってもう頑張らなくてもいいように」
「お兄ちゃん別に働くの苦じゃないんだよ。こう言っちゃおかしいかもしれないけど、凜花を人並に育ててやることが今の俺の生きがいなんだ。だから俺のために働くなんて言わずに好きな高校に行って欲しい」
どこまでいってもお互いの主張は平行線だった。私も自分の意思を曲げたくなくて目には涙が浮かんできていた。
「……嫌だ、私就職するから」
「なんでそんなに早く自立したがるんだ」
「私は私からお兄ちゃんを解放してあげたいだけ。自由に私に縛られず好きなことして欲しいの。そして亜弓さんともよりを戻して欲しい。そのためには早く大人になって自立したいの」
「分かった。俺のためだと言うなら頼むから高校行ってくれ。りんの女子高生姿を拝めないなんて考えられない」
「でも」
「早く自立したいなんて、お兄ちゃん全然嬉しくないから。いいんだよもう少し子供でいてくれよ。突然そんなこと言われたらお兄ちゃん寂しくて死にたくなるわ」
あまりにも切ない声で言うものだから、それ以上私は言い返せなかった。これで本当に良いのだろうか、私のせいで傷つかなくて良かった人がいるのに……。私はまだ兄に甘えていて良いのだろうか。
その後私は、お兄ちゃんの希望通り無事高校へと進学する。
この時は自分の気持ちが分からなかった。頭のどこかで、もしかして、という考えが浮かんだけど、恐ろしくてそんなことを考えてしまったら、これ以上兄と一緒には暮らしてはいけないような気がした。思うこと自体重大な罪のように感じられた。
それが本当だとしたら、これだけ無償の愛情を注いでくれた兄に対して、こんな惨い仕打ちはないだろう。
私は幼いながらにもその不確かなモヤモヤを考えないように、心の深いところに封印した。絶対にこんなことはあってはならない、と厳しく戒めて。