今、ここであなたに誓わせて

「篤司君、せっかく良い大学に合格したんだからもったいないよ」
「大学卒業するまで2人とも面倒見るし、お金だって奨学金借りてさ私達も出来る限りの援助はするし」

母方の叔父さんと叔母さん達は気を利かせてそう言ってくれたが、家で認知症の母親を介護していることは知っている。とてもじゃないが4歳の子供の世話まで負担させる訳にはいかない。父方の方の親戚とは疎遠だったが、何か援助ができることがあればと申し出てくれた。自営業が上手くいっていないこと、それを機に疎遠になってたこともありそこも頼りづらい。
俺は一人部屋を借りて、妹だけでも親戚の家に預ける。皆その案を勧めてくれて、俺自身も二人にとってそれが最良の選択肢だというのは分かっていた。だけど、親戚の事情を考えると素直にお願いしますとは言えなかった。高校卒業したての社会も何も知らない俺に、妹と二人で暮らす力なんてないのに。りんと暮らすことになるなら大学には行けないし、もう働かなくてはいけない。だけどそこに、不思議と抵抗はなくて、むしろ大学に行けないということよりもりんと離れ離れで暮らすことの方が寂しいと思えた。

「篤司君、どうするか決めた?」
「大学は行くのやめて就職することにしました」
「りんちゃんが大事なのは分かるけど、君の人生でもあるんだからね」
「俺ももう18になります。やれるとこまで2人で頑張ってみます」
「やっぱり、りんちゃんだけでも……」
「子育てが大変なのは分かってます。でも、一緒に住みます。唯一の家族ですから」

最寄り駅から徒歩13分、6帖一間の木造アパートの一室を、叔父さんに保証人になってもらって借りて始まった小さな妹との生活。それは予想以上に波乱に満ちたものだった。ここで癇癪を起こされ泣かれるとどこにも逃げ場はない。あまり長引くと隣の住人から壁を叩かれ、妹が癇癪を起した時は外へ出て慰めるようになった。

その夜もなかなか泣き止まない妹を抱っこして近くの小さな公園へ向かった。深夜の皆が寝静まった薄暗い街路、その最中でもぎゃーっと耳が痛くなるような叫びをあげられ、すぐさま手で妹の口を覆った。気付いたどこかの飼い犬が吠えたてる中、公園へと急いだ。

ブランコに乗り揺らしながら、妹が泣き止むのを待つ。腕時計を見るともう朝の5時になろうとしている、今日も一睡もできず仕事に行くのか。ずっとこんな状態で寝不足が続いている。ここに妹を置いて、部屋でひたすら寝ることができたらどんなに幸せか。空は陽に白け始めているが、まだ月と星が残っている。空を見上げると、何故か涙が込み上げてきた。


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