今、ここであなたに誓わせて

「……おかしゃんどこいったの?おしごと、おわらないの?」

何度も聞かれたその問いにうんざりして、抑揚なく答える。

「お母さんな、当分会えなくなっちゃったんだよ」
「おとしゃんは?」
「お父さんも」
「いーやーだー、おかしゃんとこいくーっ。なんでかえってこないのーっ」
「りんはだめだよ、おかしゃん悲しむよ」

子どもっていうのは凄いものだ、いつまでも繰り返し泣くことができるんじゃないかと思ってしまう。俺だって突然家族がいなくなって悲しいのに、そんな感傷に浸らせてくれる余裕さえ与えさせてくれない。何か諦めたかのように、

「……でも、お兄ちゃんも行きたいな」

と、ボソっと小さな声で言うと、妹がズズッと鼻を啜って俺の顔を覗き込んできた。

「おにいしゃん、おかしゃんとこ行ったら、おにいしゃんももどってこなくなっちゃう?」
「そうだな、行き来できればいいんだけどな。こっちからは行けるんだけど、あっちからはなかなか帰ってこれないんだ」
「おにいしゃんはいっちゃだめっ」

小さな体がぎゅっと体に巻き付く。こんな小さな体でもこれだけの力があるのかと驚く位強く。そんなのは分かってる、ここで何もか諦めて二人であっちへ行ったらきっと殴られるだろう。見損なったと泣かれるかもしれない。急に静かになったと思えば、俺の胸の中ですやすやと静かに寝息を立て始めていた。これでやっと家に帰れると、起こさないようゆっくり立ち上がり帰路につく。

アパートからすぐ近くの家業でやってるような小さな工務店、そこが俺の初めての職場だった。普通科を出た俺には見知らぬ機械が並ぶ光景は未知の世界で、工業高校出身の奴らからすでに遅れをとっていた。

昼休憩中、仕事先の現場の前で座ってコンビニ弁当を食べる。出身校の話になると、意外性もあって俺の話題になった。

「うっわ、マジで?秀明高校出身なの?超進学校じゃん」
「お前頭良かったんだな、確かに物覚え良いし」
「てか、あそこの奴ほとんど良い大学行くって聞くけど、なんでこんなとこに就職したの?」
「家庭の事情で」

苦笑いしながら誤魔化すとそれ以上は深く聞かれなかった。大抵仕事終わりは飲みに行く同僚達、毎回その誘いを断っていたら次第に声をかけられなくなった。だけど、どれだけ真面目に働いていても上下関係の厳しい世界だ、毎回誘いを断っていては新人の癖に社会的な常識のない奴として上司や先輩からの俺への当たりは強くなった。

それでも俺はここに友達づくりに来てる訳じゃない、俺とりんの生活費を稼ぐために来てるんだと自分に奮い立たせ今まで以上に奮闘した。残業をしないように、スケジュールが詰まってる時は休憩時間を返上しても時間内で終わらせようと躍起になって頑張った。そんな俺に現場で一緒になった同期の奴らも手伝ってくれたりして、毎回陽が落ちないうちに保育園からりんを迎えに行くことができていた。30分延長することに500円の延長料金が発生するそこは、1時間も延長してしまえば俺の時給分の給料がおじゃんになってしまう。上司や先輩とは違って、同期の奴らには家庭環境が複雑な奴と認識されているようで、態度を変えるような奴はいなかったのが救いだった。

りんの夜泣きに今日も二人とも不眠だった。眠い目をこすりながら、眠くて泣く妹を強引に保育園へ連れて行く。本当なら部屋で寝かせてやりたいところだけど、一人にする訳にはいかないし、俺も仕事を休む訳にはいかない。

保育園の制服もろくに着せれず、髪の毛もボサボサなりんの姿に怪訝そうな先生達の目が集まる。一人の若い先生が眉間に皺を寄せながらやって来た。

「おはようございます」
「……仕事大変なのは分かりますけど身だしなみ位しっかりさせてあげてください」
「すいません、朝ぐずっちゃって」
「それにりんちゃん昼間寝ちゃうことが多くて、夜ご家庭でしっかり眠れていますか?」
「いや」
「ちゃんと寝かせてあげないと、お兄ちゃんに合わせて遅い時間まで起こされていては可哀想ですよ」
「はい、すいません」

世の中の母親は子供の夜泣きにどう対処しているんだろうか。りんは両親を亡くしたショックで多分他の子よりひどいんだろうけど、どうしたら少しはマシになるのか。保育園の先生に聞いてみれば良いのかもしれない。保育園との交換ノートにはずっと白紙が続いていた。
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