鬼伐桃史譚 英桃
第三話・鬼の脅威
「鬼じゃ!」
「鬼が出たぞ!」
「子鬼と母鬼だ!」
「蘇芳(すおう)様の城に鬼が出たぞ!」
時刻は亥(い※午後9時から11時までの時間。)の刻。
夜空には分厚い黒雲が月を覆い隠し、どこからかじっとりとした風が吹く。昨夜までは聞こえていた虫の音は、もう春だというのに一切聞こえてこない。
その日の夜は恐ろしく静かだった。
けれども城下は違う。逃げ惑う人びとで溢れ、悲鳴が響き渡っていた。
鬼が現れたのだ。標的は、梅姚(ばいよう)姫と桜華(おうか)姫。二人だ。
それは十六年前、大鬼が封印される直前に告げた通りだった。封印された大鬼の体を取り戻すため、蘇芳城に子鬼らが出没したのだ。
子鬼たちは人びとの恐怖を食らい、ますます力を蓄えていく。
蘇芳城を包む轟々(ごうごう)と燃えゆく炎はまるで、血の色のように赤い。
城下には逃げ惑う人びとがごった返しているというのに、炎上する蘇芳城にはまだ人影があった。