鬼伐桃史譚 英桃
第五話・二ノ姫の決意
「すっかり遅くなってしもうたわ……」
帝のいる京の都から数十里。とはいうものの、京の都は広い。帝との謁見を終えた頃はまだ陽は高かったのではあるが、今はすっかり夜になってしまった。
蘇芳城へと牛車で帰る道すがら、城下での民の暮らしを案ずる蘇芳 元近(すおう もとちか)は、いつものように供の者わずか数えられる程を連れて、夜気の中を進む。
世の中は平穏だった。
鬼が出没したほんの一時(いっとき※約2時間)ほど前までは……。
しかし、蘇芳 元近はいまだ、自分の城が襲われているその事実を知らず、ゆるりと牛車を走らせている。
だがどうしたことだろう。どうも様子がおかしい。蘇芳城に近づけば近づく分、木戸が固く閉ざされている家家が目立ってくる。まるで何かの奇襲から恐れているようではないか。
それに誰(たれ)ひとりとして外に出ていないのもおかしい。それだけならまだしも、虫の音さえも聞こえないとはどういうわけか。