鬼伐桃史譚 英桃
いくら亥(い)の刻だからとはいえ、静かすぎるではないか。
「貴方……」
元近の妻、かぐやもまたそれを感じ取ったようだ。紅を差した唇が微かに開いた。
「もしや……梅姚(ばいよう)と桜華(おうか)の身に何かあったのではありませぬか?」
なにせ大鬼が呪わしい言葉を吐いた『十六年目』はちょうど御年(おんとし)にあたるのだ。彼女の整った顔が、みるみるうちに青ざめていく。
元近もいよいよ不安になって、牛車を引いている下男(げなん)に急ぐよう命じた。
いくらか進むと、どこからかやってくる焼け焦げたような匂いが鼻を突いた。
妙な胸騒ぎが元近とかぐやの胸を襲う。
城に近づけば近づくに連れ、つんとした匂いはますますひどくなるばかりだ。
ややあって、城の主人元近を乗せた牛車は止まった。
あなや。
牛車を引いていた下男は小さく声を上げ、転げ落ちてしまった。