鬼伐桃史譚 英桃
第二章~旅立ち
第一話・薄花桜の下で
天に向かって伸びゆく枝枝の間には、薄花桜(うすはなざくら)が無数に咲いている。
時折強い風に吹かれ、舞い散るその姿は儚(はかな)い。
その木の上で、少女と見間違うほどの容姿をした男(お)の子がいた。
年の頃は十六。象牙色の肌と薄桃色との背景と相まって、少年の肩まである艶やかな黒髪がなんとも幻想的に見える。
長い睫毛に守られた輝く大きな黒曜石の目は儚(はかな)く散る桜を写していた。
彼の名前は浅葱 英桃(あさつき えいとう)。人里離れた山奥にあるここ、忍の里の民である。
「いたいた。ゆすらうめ、じゃなかった英桃」
英桃の足下から知った声が自分の名を呼ぶ。見下ろせば、年の頃なら十七、八ほど。
短髪で、日に焼けた健康的な浅黒い肌。頬にはそばかすがあり、鼻の頭に絆創膏(ばんそうこう)をつけた、見るからに悪戯が好きそうな賑々(にぎにぎ)しい男の子がいた。
彼は三丈(※約9メートル)にも及ぶ高さの枝にいる英桃を見上げている。