櫻の王子と雪の騎士 Ⅱ
◆
全ての生き物が寝静まる、丑の刻。
王宮から少し外れた貴族街の黒塗りの屋敷
そのとある一室に響くノックの音。
「...遅かったね、」
中でワインを片手に、窓越しに月を見上げる男は、振り返ることなくそう返事を返す。
「申し訳ありません。でも、今の私にとって彼との夜の営みは貴方より大事でしょう?」
「...まあ、そうだな」
カツカツとヒールの音を立てて、男の背後から近づく声の主に、月光がスポットライトを当てた。
「首尾は順調かい、アネルマ」
「ええ。もちろんお父様」
「油断はするな、心の隅から隅までお前のものにしてしまえ。その方がやりやすい」
「分かっていますわ」
そこはフィンス家の屋敷。
極端に人気が少ないのはいつもと変わらない。
装飾の少ない黒い薄手のネグリジュに身を包んだアネルマが、ワインを口にするグロルの横に並ぶ。
「お好きね。また、月を肴にワインを飲んでらっしゃるの?」
「まあな...お前も飲むか?」
「もう遅いですから。大丈夫ですわ」
「そうか残念だ」
グロルはそう言って笑う。
さして残念そうな様子もなく。
やはりその態度や表情からは、考えが読み取れない。
「...そう言えば、ネロ・ファーナーの方はどうなっていますの?」
「......ああ、あいつか。いや、実によく働いてくれているよ。流石私の血を継いでいるだけある。駒としては十分だ」
グラスの中でゆっくりと回る赤い液体。
きっとこの男の中では、どんな人間でも、自身の手の打ちで操る駒の一つでしかないのだろう。
それが実の娘、息子であっても...
グロルは不意に立ち上がり、窓際によった。そして感慨深げにその夜空を眺める。
「『石』は手に入れた。国民も支配した...後は時を待つのみ」
グラスのワインをぐっと飲みほし、振り返る。
「次の新月の夜、お前とあの王子との結婚式が舞台だ。盛大に踊れ、俺の国の誕生だ」
不気味は笑顔は、闇の中でさらに黒く歪んでいた。
◆
闇夜に光る星々は
何億光年も遠い場所から
届くとも分からぬ果てしない距離を旅して
地上にいる人々に
柔らかな光を捧げる
広大な闇の中に
ほんの僅かな、小さな光
一瞬でも目を離せば消えてしまいそうな弱いそれは
闇に飲まれることなく輝き続ける
その儚くも強い姿に人々は惹かれるのかもしれない
闇もまた
その光に魅了される一人なのだと
気づくことになるのだった