櫻の王子と雪の騎士 Ⅱ
ルミアがこの世界に戻って来てからというもの、両親を見かけていなかった。
それはへんに自ら会わないように気を付けていたわけでもなく、ただいないのだ。
こうやって家にいるのが何よりの証拠。
別に会いたいわけじゃない。
もう『いらない』と言われてしまったのだ。
むしろ会いたくないとさえ思っている。
そして何より、ルミアの記憶がそれを物語っていた。
両親を思い出せないのだ。
存在していたことは分かっている。
だけど思い出せない、両親の顔も、容姿も、声も、名前も、すべて。
記憶の中にある両親は、扉の隙間から除いた喧嘩をする二人の影のみ。
自分の体が、記憶が、あの人たちを拒絶しているようにしか思えなかった。
「...やっぱり、思い出せないか」
「...うん。この家で過ごせばそのうち思い出せるかなって思ってたんだけど、全然」
ここ数週間、ルミアはこの家で過ごしていた。
ジンノから、両親がもうこの家には帰ってこないと聞いていたから。
父と母の記憶を思い出せればと。
全てを思い出したいとはどうしても思えないが、それでも彼らは両親。
顔や名前ぐらい思い出しておきたかった。
「写真ぐらいあれば手がかりになるかもって探したけど、何もなかった」
そう。
この家には不自然と言っていいぐらい両親に関するものが何一つ残っていない。
手記のようなものもなければ写真もない。
おまけにあのころ両親が使っていたと思われる家具や衣類なども全部だ。
完璧に保存されていたルミアの部屋とは運例の鎖である。
「ああそれは当然だ。俺が一つ残らず処分しちまったからな」
・・・・・・・・・
ルミアは眼を点にして、しれっととんでもないことを言った自分の兄を見つめた。
今、この人は、自分で処分してしまったといった?
思わず耳を疑う。
尚も平然と甘いコーヒーを飲み続ける自分の兄の言動を。
「処分したって...全部!?」
「ああ。全部」
道理でいくら手がかりを探しても見つからないわけだ。
「どうしてそんなことしたの? せめて写真一枚くらい残しておいてくれても...」
起こる気にもなれず、呆れてそう言うと、ジンノはごく当たり前の事のように
「俺も嫌いだったからな、あの人たちが。自分勝手で本当にムカついてた
だから、この家を出ていったとき全部捨てちまった」
と言った。