櫻の王子と雪の騎士 Ⅱ




「なッ!!?何故だ!!あの呪文はアイルドールの王族しか使えぬ魔法だぞ!!」



 そうだ。



 これは王族の血を色濃く受け継ぐ一族しか使えない古代魔法を動かず呪文。



 圧倒的な魔力とそれを操るセンスを、幼い頃から何度も訓練しやっと身に着けたごくわずかな人しか扱えない代物だ。



 それを異国の、たった一度それをかけた瞬間を見ただけの男ができるなんて、そんなことありえない。



 そこに居た誰もが絶句の表情を浮かべていた。



しかし



テオドアと、カリス



この2人だけは少し違った。



「......君は...!!」



この魔力は知っている。



自分達の何倍も強くて巨大で、洗練された魔力。



二人にとってそれは憧れで、同時に憎しみの対象で



そして愛していた存在だった



忘れるわけない。



忘れたくても忘れられない。



彼は





二人が『殺した』はずの弟だった。





「俺の名はリュカ、姓はゼクレス。...もう一つの名は捨てた。我々は行く、止めたくば止めてみろ!!」




その言葉とともにルミアとイーリスは走り出す。



そこにはすでに完全な道が出来ていた。



〈アクア〉ドラゴン



リュカは新たな呪文とともに、複雑な印を結ぶ。



それが終わるとリュカの足元に鮮やかな青色の紋章が浮かぶ。



幻獣を呼び出す高度な魔法だった。



魔水の水の中から勢いよく4匹の青い龍が飛び出す。




「魔水の水を纏った青龍だ。手を出さぬなら危害は加えない、そうでなければこちらも力ずくで止めるまで」



リュカの前に降り立った一際大きな龍が、まるで門番のようにできた道を塞ぐ。



残りの三尾もまた空中を漂いながら、警戒するようにこちらをじっと見つめていた。



この国の魔水の湖に対する恐怖心は自分が誰よりも良くわかっている。



故にこの魔水で造り上げられた龍に手を出せるものなど誰ひとり存在しない。



(所詮こんなものだ、こいつらの意志など......)



目の前に立つ彼らが、もし、フェルダンの特殊部隊の騎士であれば、魔水だろうが何だろうが何が何でも突破して自分たちの役目を全うするに決まっている。



彼らはそれができる。



だが、目の前の現実はフェルダンのそれとは程遠い。



そう思うと少しだけ笑が生まれた。



生きることが辛い時があった。



死にたいと思う事もあった。



だけど



それも全て今に繋がるのだと思えば、



(...良かったのかもしれない)



リュカはそのまま背を向けて、できた道を走り始める。



「待って!!マティス!」


「マティ!」



後ろからテオドアとカリスが、呼ぶ声が聞こえた。



振り返ると、龍の奥に二人の魔力を感じ取る。



何度も何度も声を張り、捨てたはずの名前を叫んでいた。



「......マティス・ゼクレスはもう、死んだんだ」



二人に聞こえるかもわからない小さな声でそう呟くと、リュカは走り出す。



その背を4尾の龍に任せ、もう何のしがらみも無くなった体は軽やかに湖の道を駆けていった。



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