櫻の王子と雪の騎士 Ⅱ
「いい加減芝居はやめたらどうだ、セレシェイラ」
ジンノの声はまっすぐに立ち尽くす彼の元へ届く。
アネルマに洗脳され、自我を失ったであろう王子の元へと。
「芝居?何を言っているのジンノ、私の力を見くびらないで」
アネルマは気丈に声を張る。
芝居のはずがない。
これまでシェイラはアネルマの思い通りに動き、言葉を紡いだ。
キスをし、体を重ね、結婚までしたのだ。
過去に幾人も同じように魔法をかけて洗脳してきたが、誰一人それを破った人間などいない。
(大丈夫、大丈夫......)
そう何度も自分に言い聞かせる。
だが、明らかな自分たちの劣勢に動揺を隠せずにいた。
「アネルマ、お前とは魔法学校以来だったか
お前の力はルミアから聞いている、特殊部隊に匹敵する実力だったそうだな」
アネルマは魔法学校で、ルミアと同級生だった。
美しく、実力もあり、一部では特殊部隊にどうかと話が上がるほどで
その噂はルミアを伝い、ジンノの耳まで届いていた。
だが、彼女は特殊部隊に入隊することはなかった。
「今も力が衰えていなければ、間違いなく洗脳できているだろう」
「衰えてなんてないわ。当たり前でしょ。私の魔法は完璧、彼は私のものよ」
セレシェラの腕をギュッと掴む。
「まあ、そうだとしても、お前にその男の洗脳は無理だな」
ジンノは言う。それは不可能なのだと。
「何を根拠に、そんな事を...」
「根拠は大いにある。それはやつが、セレシェイラが間違いなく、神の血を引く伝説の王子だからだ」
・・・・・
しばしの静寂があたりを支配する。
ジンノの一言を聞いたアネルマそして、グロルまでもが「うそ...」と目を丸くしていた。
「その様子を見ると、やっぱり信じていなかったんだな」
〈偽りの王〉
そう皆に口にされ、魔法の使えない出来そこないの王族と蔑まされてきた王子は、やはり敵にもそう認識されていたらしい。
彼は間違いなく、この世界に存在するありとあらゆる魔法を扱える、神の血を引く伝説の王子
ジンノは目の前でそれを見て確信した。
そして同時に思い知らされる
彼はジンノが知っている昔の彼ではない
人の何倍も臆病で、怖がりで、逃げてばかりの弱い少年ではなく、
人の上に立つ王となるべき人なのだ。