櫻の王子と雪の騎士 Ⅱ
「グロル!!お前ッ」
力なくもたれ掛るグロルの体。
顔からは血の気が引き、今にも力尽きそうだ。
「アポロッ早く治癒を!!」
「え、でも...」
「急げ!!頼むからっ...こいつを死なせないでくれ!!」
これまで多くの王族を殺してきた犯罪者。
アポロの両親もまたこの男に殺されたも同然。
だが鬼気迫る様子のシルベスターに触発され、すぐに治癒を始める。
「グロルっグロル!しっかりしろ!」
何度も名前を呼びかけるがグロルの意識はすでに朦朧としていて顔も真っ青。
息は短く荒く、冷や汗が額を伝う。
青白くなった唇が震えながらに言葉を発しようとしており、それに気が付いたシルベスターは耳を近づけた。
「...シ...シル、ベスタ......はあ、はあ」
「何だ?どうした」
「ごめ...ん、な......」
死にそうになりながらも、何とか口を動かし言葉を発する。
そしてようやく出たそれはシルベスターへの謝罪。洗い息を吐きながらも何とかそれを伝えようとする姿はあまりに痛ましかった。
「そんなことはいい!もう喋るな!」
そう言っても、グロルは構うことなく言葉を続けた。
「フッ...まさか...娘に...殺される、とはな...はあ、うッ」
「グロル...」
「はあ...フィンスは...因果な、一族だ......な.........」
そう言うとグロルは静かに目を閉じた。
「!!アポロッ!グロルは、」
「大丈夫、まだ死んじゃいませんよ...だけど...」
グロルに刺されたナイフには死の呪詛がかけられている。
普通なら一分もたたずに死んでしまう。
刺された本人が強い闇の魔法使いで、治癒を施しているのがアポロであっても助かる保証はほとんどゼロに近いだろう。
「グロル、頼む...死なないでくれ...!!」
シルベスターがグロルにかかりっきりになっている一方で、アネルマとセレシェイラが向き合っていた。
「許さない...ッ!!みんな、みんな殺してやる!!」
死の呪詛をかけられたナイフを両手に、今にも襲い掛かろうとしているアネルマ。
興奮状態なのか同じ言葉を何回も繰り返している。
聞く耳を持たない状態だ。
向かい合うセレシェイラは、その目でシルベスターの無事を確認すると、アネルマに向かってけん制する。
「殺すのなら殺せ。覚悟はできている」
「セレシェイラお前...!」
「初めからそのつもりだったんだ...ジンノ、約束、忘れんなよ」
そう言ってシェイラは笑う。
そんな事をすれば、きっとルミアは...。
そこまで考えて、ジンノは考えることをやめた。
それを今ここでシェイラに伝えたところで、奴の強固な意志はほんのわずかも変わらないのだ。
一度決めたらてこでも動かない。
そんな強情な所は昔とちっとも変わっていない。
もっと柔軟に生きてよかっただろうに、彼は一切その生き方をやめなかった。
「ルミアを、頼む」
シェイラは目をつむって、静かにそう言う。
そのまぶたの奥には確かな覚悟が浮かんでいた。
「あんたなんか...あんたなんかっ!!死ねええぇ!!!」
アネルマが目を血走らせて走り出し、
死の呪詛を帯びたナイフの切っ先がシェイラへと突き立てられる
その瞬間
シェイラとアネルマ
二人の間に
一羽の眩く光る蝶々が
ひらひらと空を舞った―――