櫻の王子と雪の騎士 Ⅱ





眼の前の光景はまるでスローモーションのようで



 ごぷりと口から大量の血があふれ出し、ルミアは膝から崩れ落ちる。



 シェイラはゆっくりその彼女に手を伸ばした。




 一体何が起きた?


 
 思考が全く追いつかない。



 力なく横たわったその体を目にし、アネルマは歓喜の声を上げた。




「......あは...アハハハハッ!!勝った!!ルミアに勝ったわッ!!」



 
 狂ったように腹を抱えて笑う。




「ばっかじゃないの、ルミアもシェイラあんたも!!あんたが『やめろ』なんて言わなけりゃルミアは手を止めることなかった!!あんたの一言で一瞬でも手を止めたこの女も馬鹿だけど、好きな女を自分の一言で殺しちゃったあんたの方がよっぽどの馬鹿ね!!」




 血の気が抜けた真っ白な頬を濡らす真っ赤な血。



 
 シェイラの伸ばした手がその赤でべったりと染まる。




 彼女の口許から聞こえる呼吸の音はとても小さく浅く、目はうつろで、汗が止まらないのに体温は無機物のように冷たい。




 まるでもうすぐ死にそう



 死にそう?



 何で?



 俺が『やめろ』といったから?



 俺が...




そこでようやく、シェイラの頭が現実に追いついた。




「ルミ...?...ルミ、ルミッ!!おいルミしっかりしろっ!」




「今更遅いわ。そのナイフにはね、死の呪詛と一緒にもう一つ魔法をかけていたの。私が作った私だけの魔法。いくらルミアでも破ることはできない。死ぬのよ、ルミア・プリ―ストンは」



そして貴方も、



アネルマはよろよろと立ちながらシェイラに向かって刃を向ける。



しかし、シェイラは避けようとしない。



というより、シェイラはアネルマなど眼中になく、自分のせいで死にそうな彼女に必死にすがっていた。



震える手で治癒魔法をかける。



だが、ルミアの顔色は一向によくならない。



むしろどんどん悪くなる一方だ。



アポロもすぐにでも駆けつけたい思っていたが、自分の元にはグロルがいる。



今治療を中断すれば確実にこの男は死ぬだろう。



正直なところ、アポロにとってみればこの男が死んでもどうでも良かった。



 だが『死なせないでくれ』と懇願してきたシルベスターの顔が頭をよぎる。



 今はルミアの魔法を受けてアポロの隣で眠っている。



 こんな気の抜けた寝顔を浮かべている男でも一国の王であり、アポロの主。



(くっそ......!!)



 悔しい表情を浮かべながらも、アポロはそこから動けずにいた。





 
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