櫻の王子と雪の騎士 Ⅱ
Epilogue*サクラの王子とユキの騎士
◆
フェルダンにサクラが舞う、その同時刻
フェルダンから遠く西に離れた場所に存在するアイルドール王国
そこでは怪奇な現象が起こっていた。
「何だ、これ...一体何が起こっているんだ」
湖の淵に立つテオドアとカリスが呟く。
二人が吐く息は白く色づいて、辺りには白い雪が舞っている。
彼らの目の前に広がるアイルドールの湖は
完全に凍り付いていた。
「...この湖が凍るなんて...こんな事今まで一度もなかったのに...」
「ああ...雪が降ったのだって、今までたった一度しか......」
そう
二十年前のたった一度だけ。
アイルドールに大雪が降った。
一面真っ白に染まるほどの雪が、アイルドールを分厚く覆い隠したのだ。
見慣れぬその景色に国民たちは喜び、心を躍らせた。
そんな人々であふれる街の片隅で
ひっそりと
ルミアは生まれた。
二人の目の前で凍る湖の、底の底。
人魚の住まう煌びやかなその場所に、一人の珍客が。
「久し振りだなベリル」
「...数百年ぶりぞ。一体何のようかえ...ノア」
一角獣ノアと人魚のベリル
共に神話の世界の住人だ
「おぬしの心もくれるのか?」
「やるものか馬鹿め。いい加減にしろ、どれだけ命を集めれば気が済む」
「ふん、これでは足りぬ。まだまだ集めるぞ」
ノアは顔をしかめる。
相変わらずこいつは性格が心底悪い。
ベリルは美しき姿を借りた悪魔だ。
湖に落ちた人間たちを願いを叶えるという名目で命を奪う。
死ねば願いもくそもないというのに。
これまで何十年何百年何千年とそれを続けてきて、この場所は今や命の宝玉であふれかえっている。
ただ唯一、この美しき悪魔にいい点があるとすれば
命を引き換えに、臨んだ願いは全て叶えるというところか。
「ここにやってくる者どもは皆私利私欲に走る。その様な人間は生きる価値などないわ、命を奪って何が悪い」
「黙れ、奪っていい命などないに決まっているだろう」
「ふんっわらわに口答えするでない!」
わがまま人魚に、ノアはため息をついたのだった。