櫻の王子と雪の騎士 Ⅱ
「で、結局何用じゃ?」
自身の指に長い髪をからませながらベリルは尋ねる。
「...ああ、そうだったな。要件はひとつだベリル、私の主の心を返してもらおう」
「主?」
「つい最近、ここを訪れたはずだ。白髪の女騎士がな」
ベリルはしばらく考え込むと、不意に思い出したのか顔を上げる。
「!あのおなごか、そうか、そなたの主だったのか。という事はオルクスの血族かえ?」
頷くノアにベリルは懐かしそうに頬を緩めた。
「そうか。通りで...面白いおなごだったわけだ」
あの日
何の前触れもなくこの場所にやって来たルミアは、ベリルの前に降り立った。
『貴方がこの湖に住まう人魚の姫ですね』
『...そうじゃ。わらわの存在を知っているということは、これからそなたに問うことも分かっておるな?』
願いを言え、叶えてやろう。
代わりにそなたの心をおくれ?
当然の様にベリルは言った。
『心?』
『命のことじゃ。そう、たとえば...そなたの氷の魔力とか』
その言葉にルミアは眼を丸くする。
魔法使いにとって魔力は命に値する。
『そなた魔法使いであろう?氷の魔力は貴重で美しいゆえ、わらわの手元にあるに相応しい』
うっとりと高揚の表情でそう言うベリルを、キョトン顔でしばらく見つめると
『それだけでいいの?』
ルミアはそう、呟いた。
『そんなものでいいのなら、貴女に全てくれてやる』
深い濃紺の瞳が強く輝き、じっとそらすことなくベリルの瞳を見つめた。
『...願いは?』
『光属性の古代魔法を教えていただきたい。かつて禁忌として闇に葬られた復活の魔法を』
『何故、それを望む?』
『...私は近いうちに死ぬと宣告されました』
『そのようじゃな、あきらかな死の相が出ておる。間違いなくそなたは死ぬであろう。だがもし、死を恐れるがゆえにこの魔法を使うというのなら失敗に終わる。この魔法はそなたが考えているほど簡単ではない。でなければ禁忌とはならぬ。永遠の眠りにつく事になるぞ』
ルミアが望む、禁忌とされた古代魔法は死からの復活の魔法
元来、史上最強の魔法と呼ばれたこれは、造られてわずか数年で、禁忌の魔法として封印された。
それはどうしてか
魔法自体も複雑で成功事例もほとんどない上、これには重大な欠点があった。
それは、復活に臨む魔法使いが確実に死ななければならないこと
死を恐れたその瞬間、復活は不可能になるのだ
多くの人間が、時の権力者たちが、こぞってこの魔法を使ったがそのほとんどが失敗。
死を恐れたが故の結末だった。
『己の為にこれを使うのなら死は免れぬ。そなたはどうじゃ?わらわの話を聞いてもこの魔法を知りたいと思うか?』
ベリルは問う。
しかしルミアは表情を揺るがすこともなく、まっすぐな瞳で頷いた。
『私は騎士です。物心ついたころから騎士として生きる道を徹底して教えられてきました。だから、死ぬことは何も怖くない。だけど、その主と約束したんです、私は死なないと。生きて、守り続けると。だから今ここで生きることを諦めることはできません』
だから、
『教えてください。貴女が仰るリスクもすべて承知です。魔力も差し上げます。ですから、お願いします』
そうして頭を下げるルミアに
ベリルは魔法を教えた。
それと引き換えに氷の魔力を譲り受けて。