櫻の王子と雪の騎士 Ⅱ
「まさかあのおなごが氷以外に複数の魔力を持つ人間だと思わなくてな、この湖から生還したのは初めてだったのお」
懐かしいそうなベリルを他所に、ノアは詰め寄る。
「その氷の魔力、返してもらう」
「それはできぬ。一度手にしたものはわらわの物、返すわけがなかろう」
ベリルは頑なに頷こうとはしない。
そんな様子に、ノアはため息をつくとひとりでにベリルの住処を歩き回り始めた。
この場所にはキラキラと光る命の球がいくつも転がっている。
しかし中でも上質な命や魔力は宝物庫に隠してあるのだ。
その場所に向かっているのである。
しばらくするとノアが何やら豪勢な装飾が施された扉を見つけた。
「開けるぞ」
「これッ!やめぬかノア!」
ベリルの制止も聞かずノアが無理やり扉を開ける。
すると
その扉の奥からとんでもない冷気があふれ出した。
「何事じゃこれは!!?」
一気に氷点下にまで温度が下がる。
全く意図してなかったことなのか、ベリルさえも目を丸くして驚いた。
見れば、部屋の奥、ルミアの氷の魔力をとり出し玉状にしたものを保管していたそこに何やら異変が起きている。
「これは...!!!」
そこにいたのはヒトだった。
瞳を閉じ、眠るようにしてそこに座るそれはルミアによく似ていたが、体は全て氷で出来ていて絶えず冷気を出し続けている。
勿論、宝物庫は氷漬け。
ベリルが集めた極上の命の球もすべておじゃんになっていた。
閉じられていた瞼がゆっくりと開かれる。
そしてその場に立ち上がった。
その様子を見ていたベリルは始めこそ呆然としていたが、突然笑い始めた。
「アハハッ!!これは傑作!まさか人の持つ魔力が意思を持つとは!!!!」
「......」
何も言わず意志を持った魔力は、笑うベリルを見つめる。
「そんなに主の元へ帰りたいか」
その問いに、こくりと頷く。
「...だったら帰るといい。主の元へ。お前のような魔力も珍しい。死ぬまで主に仕えるんだな」
ベリルのその一言に目を丸くさせると、深々とお辞儀をして、体を粉雪に変え姿を消してしまった。
白い粉雪が辺りを舞う。
それはそれは美しかった。
ベリルはノアに尋ねる。
「知っていたのか?あのおなごの魔力がこうなっていたと」
「いや、だが何かしら異変は起きていると思っていた。お前は知らないだろうが外界は物凄いことになっていたぞ。湖も完全に凍り付いていた」
「そうであったか...」
そう言うと力が抜けた様に、その場に座り込む。
「しかし、お前らしくもなくさっさと手放したな」
「ふん、わらわの集めた宝をこれだけダメにしたのだ、もう手元に置いておけぬわ」
氷漬けの宝物庫を見つめながら呟く。
「まったく...見事過ぎて腹も立たぬ」
ベリルは笑っていた。
「おい、ノア」
「ん?」
「お前の望み通り、魔力を返してやったのだ。もう魔力はいらぬから時々あのおなごと顔を出しに来い。ここの生活は暇で仕方がないわ」
「...分かった、約束しよう」
その後、アイルドールの雪は止み、湖は元へと戻ったのだった。