櫻の王子と雪の騎士 Ⅱ
「...あんた、戦場に出たことあんの?」
「...え」
アポロの低い声が男に向けられる。
男の背に冷汗が伝った。
「あんた文官だろ。特殊部隊の入隊試験でボコボコにやられて、それで戦意喪失?
軍にも入らず、戦場から逃げた男が何知った口聞いてんのって話」
男がぐっと歯を食いしばる。
そして、追い打ちをかけるようにネロが続ける。
「...戦場では男も女も関係ない。一度に何人相手するかもわからない。そこに立てば殺るか殺られるか、それだけだ
そして俺たち特殊部隊はその最前線で戦い、あんたたちを守らなきゃいけない義務がある
そんな、自分たちの命を預ける騎士を、女の子だからって、経験が足りないからって、容赦して選べっていうのか。はっ、とんだバカだねあんた」
ネロの嘲笑は男のプライドをぐさりとえぐる。
しかし、彼らの言うことはもっとも。
男は何も言い返せなかった。
悔しそうに顔を歪ませる男を横目に、ラウルが口を開く。
「君に一言いうけどさ、別にこれは試験官に勝たなきゃいけないわけじゃないよ」
「え、」
「さっきも言ったけど、俺達は戦場の第一線で多くの命を背負って戦ってる
誰が相手だろうと、何人相手だろうと、俺達は負けちゃいけない...倒れちゃいけないんだ
この覚悟、君らには分からないだろうね」
そう。特殊部隊は負けてはならない。なにがあろうと。
この試験は、何があっても倒れない。その強い意志を持っているかを試しているのだ。
「そりゃあ、隊長たちコンビ相手に勝つなんてそうそうできることじゃない
君らも言ってたけど戦いの経験値が明らかに違うんだ
そういう状況で、最後まで立ち闘い続けることに意味があるんだよ」
「...そんなことも分かってないんじゃあ、どんなに力があってもどちらにしろあんたは騎士にはなれねえな」
ラウルとリュカの冷めた声が、非難の声を上げた男たちへと向けられる。
「それにさあ、あんたらルミの事なめすぎじゃない?」
自慢げに笑みを浮かべたアポロの言葉にその場にいて特殊部隊たちの話を呆然と聞いていた観客たちははっと顔を闘技場に向けた。
「!!?うそ...だろ...」
そこには、氷で作り上げた刀を手にジンノとぶつかり合うルミア。
二人の口元には笑みが浮かんでいる。
アイゼンからの攻撃も同時に相手をしているのだが、当のアイゼンは何故か水の球体の中。
息ができずに意識朦朧で、鉄の刃を操っているため、先ほどまでの威力も正確さもない。
よく見るとジンノはアイゼンを助けに行こうとしているようにも見える。
だが、ルミアがそれをさせないのだ。
《魔王》と《鬼人》相手に、対等に戦う少女の姿に、観客たちは唖然とする。
「ルミはジンノの妹だ。物心ついたころから俺達が考え付かない位厳しい訓練を受け育ってきてる
俺達とは格が違うんだ」
「でなきゃ、俺達が全員そろって、わざわざ見に来るわけないじゃん」
イーリスやアポロ達の言葉、そしてなによりその現実を目にし、ルミアという少女がいかに凄いのかを、自分たちの考えがいかに浅はかだったのかを思い知ったのだった。