櫻の王子と雪の騎士 Ⅱ
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ダダダダダッ
バンッ
「はあっ、入隊試験は!? ルミは!? はあ...はあっ...」
突然開かれた観覧席のある部屋の扉から、汗まみれのオーリングが息を荒げながら顔を出した。
余程急いだのだろう。
普段きちんと一つにまとめ上げられた長めの髪がほつれ、服装も乱れている。
遠征から帰って来て、ここにまっすぐ来たのがその姿からうかがえた。
「お帰り、オーリィ」
「おっしい!オーリィ副隊長、さっき終わったよ」
「見ごたえあったぞー、残念だったなあ」
「ええぇーー、そんなああ...急いだのに...」
「どんまい」
アポロをはじめとした特殊部隊の騎士たちが、オーリングを労いながらも冷めやらぬ興奮をかかえたまま先ほどまでの試験の様子をどれだけ凄かったかと話はじめる。
「もったいなかったなオーリィ。またこの後、任務の報告書作りだろ?
ルミアにも会えないなあ」
「本当だよ...何のために全力で頑張って走ったんだか...」
そんな会話をする彼らを、他の観客たちは黙って見つめる。
こんなふうに普通の人と変わらないような会話をする彼らも、ジンノらと同じ特殊部隊の人間。
そう思うと、言葉を発することはできなかった。
自分たちとは違う世界の人間。
いや、もはや人間ではない。
バケモノ
畏怖の目で自分たちを見つめる彼らに気がつき、特殊部隊の面々は振り返る。
「何?俺たちのこと一層、バケモノみたいに見えてきちゃった?」
アポロの全てを見透かす発言に、皆がびくりと肩を揺らす。
「そうだよ、俺達は“バケモノ”
そして、今日、特殊部隊最後の十人目のバケモノが選ばれたんだ」
「安心してよ、これでこの国は何者にも破られることのない無敵の“盾”を手に入れたんだよ
良かったね」
ケラケラ笑いながらアポロは部屋を出ていく。
後に続く他の騎士たちも口元に笑みを浮かべ、去っていく。
不気味にも思えるその笑みを見て、彼らは思った。
正義と悪は常に背中合わせだ。
一歩間違えれば、それまで正しかったことが間違いに変わる。
国のために戦う彼らも、一歩間違えれば国を根本から脅かす最悪の敵になるかもしれない。
特殊部隊の騎士が誰も居なくなった部屋で、人垣の奥に隠れた一人の男が呟いた。
「......やはり、排除すべきか」
その声は何故かほかの誰の耳にも届く事はなかった。