櫻の王子と雪の騎士 Ⅱ




 しかし、実際のところ待っている間のシェイラの心は全く穏やかではなかった。







 ルミアがいなくなったあの日を思い出してしまったのだ。







 あの日も、前日にこの場所で会おうと約束していた。



 それまでの二年間必ず約束を守っていたルミアが、その日は時間になってもこの場に現れなかった。



 胸騒ぎと共に妙な不安を覚え、シェイラは約束の時間を過ぎても何時間もルミアを待った。



 そんなシェイラの元に現れたのはルミアではなく



 何匹もの蝶々。



 だがそれはただの蝶々ではなくルミアが魔法で作り出した、雪の結晶を羽として持つ六花蝶。



 シェイラの周りに集まり、クルクルと旋回する。



 その一匹がシェイラの手のひらに乗り、そして、消えた。



 その瞬間、頭の中にルミアの声が響く。



 また一匹がとまると同時に今度は映像が。



 それは時に、ルミアの記憶であったり、シェイラへの思いだったり。



 そして



『ごめんね。私、約束守れないや
 シェイラのこと忘れないから。前向いて生きてね...ちゃんと私の分も、生きてね』



 それは明らかに別れの言葉、



 何かがあった。



 不安が一層膨らむ。



 蝶が飛んできた方角へ視線を向ける。



 この先にルミアがいる。



 ただそれだけを思い、シェイラは泣きそうになりながらも震える足を懸命に前に進めた。



 



 雪の降る森の中、シェイラは歩いた。



 白い息が絶え間なく吐き出される。



 六花蝶がシェイラの前を先行し、ルミアの元へと案内していた。



 



 そして、一番目にしたくなかった光景が目の前に現れる。







 白い雪の中に倒れる血濡れのルミアの姿がそこにはあった。



 その時のことは今でも鮮明に覚えている。



 力なく横たわるその体はもう温度を感じることが出来なかった。



 ルミアが死んだ。



 その事実がシェイラの胸をぎりぎりと締め付け、切り裂いていく。
 


 次々と溢れ出る涙。



 それがルミアの白い体を濡らした。



 



 『生きて』







 最後の力を振り絞って伝えてくれたルミアの思い。



 でも、



 無理だと言いたかった。



 君の存在にどれだけ救われてきたのか知らないだろうと。



 君にどれだけ心を奪われているのか知らないだろうと。



 何度も何度も涙が頬を伝う。



 けれど、彼女が目を覚ますことはない。



 辺りを舞う六花蝶の一匹が涙を流すシェイラに触れ、消える。



 次の瞬間



『ありがとう、シェイラに会えて幸せだった』



 と、ルミアの声が聞こえた。



 囁くようなか細い声。



 こんなの酷い。 



 こんな別れ、酷過ぎる。



 自分だって幸せだった。でも、シェイラにはそれをルミアに伝えるすべはもうない。



 シェイラは泣いた。



 赤く染まった痛々しいその冷たい体にすがって泣いた。



 



 その日はどうやって帰ったのか覚えていない。



 ただルミアの声が



 『生きて』という声が



 何度も頭の中に響いていた。



 まるで、シェイラが死を選ぼうとしているのを知っているかのように。。






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