櫻の王子と雪の騎士 Ⅱ





 顔だけでも出してやってくれ。



 シルベスターはそう言った。



 しかし、ルミアの耳には届いてはなかった。







(え、......)







 シルベスターに背を向け目を丸くしたまま固まってしまう。



 困惑したまま、思わず立ち止まる。



 その姿を目にし、ジンノは「チッ...」と舌打ちをした。



「だから何だ。もうお前らとは無関係だろ?今後一切関わることはねえよ」



 一目で何百人と呪い殺せそうなその真っ黒の瞳で、シルベスターをこれでもかと睨み付け、呆然とするルミアの肩を抱き颯爽と部屋を出ていく。



「精々頑張れよ...これから生きにくくなるぞ」



 そう、言葉を残して――――







 バタン



 思い扉の閉じる音が執務室に響く。



 途端に緊張の糸がほどけるようにシルベスターの体から力が抜ける。



 そのままイスに深く座りこみ、大きくため息をついた。



「はああーー......」



 顔を手で覆いながら、天井を仰ぐように背もたれに頭を預ける。



 頭の中は混乱でグルグルと回っていた。



(...これでいいのか? 本当に...間違えていないのか...?)



 何度も何度も自問自答を繰り返す。


 
 しかしいつまで経っても答えは見つからず、ただため息をつくばかり。



 そんな時に、再び扉を開く音が部屋に響いた。



 顔を上げるとそこにはシェイラがいる。


 
 無表情の実の弟をシルベスターは心配そうに見つめた。



「シェイラ...」



「すいません兄上、嫌な役をやらせてしまって」



「いや、それはいい。嫌われ役ぐらいいくらでもやる。だが...
 お前は...これでいいのか?」



「...いいに決まってるじゃないですか」



 当然のようにそう答えるシェイラ。



 しかし、それを見る兄の顔は暗い。



「じゃあなんで...なんで、そんな苦しそうな顔してるんだよ」



「..................俺が、自分で決めたことです
 兄上、この後の事もよろしくお願いします」



「...ああ」



 そしてシェイラは扉の奥に姿を消していく。



 シルベスターはまた大きくため息をついた。



 強がってばかりいる不器用な弟。



 人の事ばかり心配する、優しい男。



 彼はこれから起こるであろう出来事に、その中心で巻き込まれていくのだろう。



 すでに運命に翻弄され始めている実の弟を思い、顔を歪ませる。



(お前はこうと決めたら、どんなに苦しくても聞かないんだろう
 ......だったらお前の心はどうなる?)



「泣きそうな顔して、馬鹿みたいに強がるんじゃないよ...」



 シルベスターの小さなつぶやきが静かな執務室に誰に聞かれるわけでもなく、虚しく消えていった。





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