櫻の王子と雪の騎士 Ⅱ
ノアの背に乗り、綺麗に手入れをされた庭を通って王宮の裏側に回る。
その先には明りの漏れる大きなバルコニーがいくつかあった。
その中に一つにシェイラの部屋があるという。
王族の部屋に国外追放を言い渡されているルミアが近づくことは、最早できない。
「どれ?」
「ほら、あの部屋だ」
ノアが視線で示す先には、淡い光が灯るシェイラの部屋。
(シェイラさん...)
ここ数日会う事の出来なかった彼の顔が思い浮かぶ。
ここから声をかけることはできない。
ルミアは手のひらにふっと息を吹きかけた。
吹き出した息は白くキラキラした粉雪へと姿を変えていく。
小さな風に乗りくるくると回るそれから生まれたのは、複雑な雪の結晶を羽に持つ《六花蝶》
今にも壊れてしまいそうな細い羽を必死にはばたかせ、小さな体を浮かばせる。
ルミアの白く綺麗な指の上にその体を落ち着かせるそれに、もう一度想いを込めて息を吹きかけた。
それに加えて小さく呪文を唱える。
すると一瞬だけ六花蝶が眩く光った。
(これでいい...ちゃんと届いてね、お願いだから)
六花蝶を手にルミアは灯りの漏れるシェイラの部屋を見上げた。
その時。
「あ、...」
その窓がゆっくりと開いた。
バルコニーに人が出てくる。
夜の暗がりの中に部屋の灯りでわずかに浮かぶその姿を目にしたとき、ルミアは息をのんだ。
ドキリと胸が音を鳴らす。
そこに立つ人物は紛れもなく、ルミアが今心に思い浮かべていた人
セレシェイラだったから。
久しぶりに見るシェイラの姿に、喜びが溢れ出る。
思わずその名前を呼ぼうとしたとき
シェイラの隣に誰かの影を見つけた。
ゆるく巻かれた黒髪の女性。
シェイラにもたれ掛るようにして腕を絡めている。
微笑み合う二人の関係は、何を聞かずとも容易に想像がついた。
(シェイラさんの、婚約者だ.........)
ズキン
それを知ると同時に、胸に今まで感じたことのない痛みが走った。
大きな鈍器を投げつけられたような、鈍い痛み。
二人の姿を目にすればするほどズキン、ズキンと痛みが酷くなっていく。
次の瞬間、シェイラと黒髪の女性の顔が、重なった。
「......っ」
キスしたんだ。
そう認識した時、頬を生温かな涙が一筋流れていった。
それを皮切りに次々と涙があふれ出る。
(なんで、涙...っ)
感じたことのない胸の痛みと、訳も分からず溢れる涙。
困惑する自分の心に耐え切れなくなって思わずルミアは座り込んだ。
声を殺して泣き続けるルミアの周りを六花蝶が心配そうに旋回する。
ノアはかける言葉がないのか、何も言わずに丸まったルミアの背中を見つめていた。