櫻の王子と雪の騎士 Ⅱ
オーリングのセリフが頭をよぎる。
『ルミちゃんとジンノさんは、今夜、この国を出ていくそうです』
今夜ルミアはこの国を出ていく。
もしかしたら既に出た後かもしれない。
だとしたら、もう二度と会うことはないのだろう。
仮に、眼下にある庭のどこかにいたとしてもこの暗闇じゃ、見つけることもできない。
せめて今が日の差す昼間だったら。
いや。
だとしても、ルミアが自分に今まで通りに笑みを向けてくれることは、きっとない。
胸に鈍い痛みが走る。
それを顔に出さないように、無表情のままぼんやりと目の前の闇を見つめる。
すると真っ黒のドレスに身を包んだ彼女がそっと隣にやって来た。
「シェイラ様、見てください星が降りそうな夜空ですわ」
腕をからませ寄り添う彼女。
「...そうだね」
婚約者という位置づけの彼女に、シェイラは微笑みを向ける。
しかしそれがどこかぎこちなかったのだろう。
普段ならそんなミス、絶対にしないのだが。
「一体どうかされましたの?様子がおかしいのは気のせい?」
「...気のせいだよ」
「そう...」
なんだか納得できていない様
仮面を貼り付け笑顔を向けるのだが、彼女はそうそう甘くない。
シェイラはそっと彼女の肩を抱く。
そして
「!!」
驚く彼女に、不意打ちのキスをした。
こういう時、自分の心は鋼だなと実感する。
目を丸くする彼女に、シェイラは優しく言い聞かせるように、耳元でささやいた。
「これで満足?」
すると彼女は淡く頬を染める。
「もうっ!不意打ちはズルいですっ」
「ははっかわいいなあ」
傍から見れば完全な甘々カップルに見えているだろう。
こんなことをしても、シェイラの心は一ミリも動いていないというのに。
「俺はもう少し夜風にあたってるけど、どうする?」
「もう知りませんっ好きになさってください!」
照れた様子で部屋の中に戻っていく彼女の背中をじっと見つめ、窓が閉じられた事を確認するとシェイラは視線を夜の空へを向けた。
その顔に表情はもうない。
ただぼんやりと夜風を浴びるだけ。