櫻の王子と雪の騎士 Ⅱ
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随分と長い時間、そうやって立っていた。
部屋の中にいる婚約者という立場の彼女が、戻りの遅いシェイラを気にし始めたころ。
ふと、視界に星とは違う輝きを放つものが現れるた。
徐々に近づき形を露わにする。
(あ、......)
それは見間違うはずのない、ルミアの魔法で作られた六花蝶だった。
白く淡い光を放ちながら、そっとシェイラの手のひらに乗る。
途端に頭に流れるルミアの声。
「っ......!」
久し振りに聞くその声が鼓膜をふるわせる。
どうしようもなく胸を締め付ける。
痛い。
胸を抑え座り込むシェイラ。
「シェイラ様っ!?」
様子を見ていたのか、彼女が部屋から慌てて出て駆け寄った。
そして伏せるシェイラの顔を見て目を見開く。
その時初めて自分が泣いていることに気が付いた。
たった一筋だけ、涙が伝ったあとが月明かりに照らされた。
(馬鹿が...自分で手放したんだろ...俺が、泣くなよ。ずっと我慢してきたじゃないか)
「ごめん。少し...ふらついた」
「仕事のし過ぎじゃございません?無理しないで」
「ああ、婚約発表前だと気が張っていたようだ」
そんな風に言いつつ、ゆっくりと立ち上がる。
もう、そこに六花蝶はいなかった。
「...どうして、泣いてらっしゃたの?」
体を支えながらそう尋ねる彼女。
「......星に、見惚れたんだ」
それだけだよ。
シェイラの声は淡々と
頭の中にはまだ、ルミアの声が響く。
『何かあればすぐに駆けつけます
大丈夫、私は貴方を信じてる』
力強いその声に、その瞬間シェイラの覚悟は決まった。
「......頑張らないとな」
ぼそりと呟いた一言に、「無理しない程度に!」と注意が飛ぶ。
ハハッと笑いながら自室へと戻るシェイラの瞳に迷いはない。
静かにバルコニーに続く窓を閉じる。
夜空には星屑に紛れて光の灯った六花蝶が尚も懸命にはばたいていた。