櫻の王子と雪の騎士 Ⅱ
Ⅲ*旅の始まり
*
王宮の、あまり人気のない一角の、ある小さな部屋。
その扉の隙間からひそひそと話し声が聞こえる。
それは男性と女性の声。
そしてそこから覗くのは見覚えのある二人の姿。
女性の方は黒髪に黒いドレスに身を包んだ、そう、グロルと共にいた女性。
その女性の元に、ヒラヒラと白い姿をした小さな式神がやってくる。
それを手に取ると途端に女性は歓喜の声を上げた。
「まあ流石だわ!
貴方の言う通り特殊部隊は分断されたそうよ!」
「...そうですか」
「当初の予想と違ってオーリング様は出ていかなかったようだけど、イーリスとリュカは出ていったわ。それにしても、プリ―ストンの兄妹を国外追放にするだけで簡単にこうなるなんて、天下の特殊部隊と言っても案外脆いものねえ」
「......」
終始ハイテンションの女と違って、男の方は最低限の事をしゃべらないように口を閉ざしている。
その表情は硬い。
女は笑顔で男の肩をポンポンと叩く。
「この調子でよろしくね。貴方の働きにかかっているんですから」
「......約束は守っていただけるんですか」
重く発せられたその言葉に、女は穏やかな笑みを浮かべて男の顎を指で撫でるように持ち上げる。
「大丈夫。約束は守るわ。安心して貴方は言われたことだけを全うして。いいわね?」
「...はい」
暗いその表情を励ますように女はその指を男の輪郭に沿って頬を撫で上げた。
「そんな顔しないで?私たち、貴方の事を随分と頼りにしていますのよ?」
「......言われたことはやります。ですから、母をどうか...」
「ええ勿論。貴方の母は私の母親も同じですもの...たとえ“愛人”だとしてもね」
「...失礼致します」
女が耳元でささやくその言葉から逃げるようにして、男は部屋を足早に出ていく。
部屋を出てしばらく速足で歩いた後、人の立ち寄らない物陰で立ち止まり「はあ」と小さくため息をついた。
壁に背を預け、顔を手で覆う。
特殊部隊が、分断した。
ルミアを含めた十人の騎士のうち、四人がこの国を去ったのだ。
この国にとって非常に貴重な四人の騎士が。
「......っ...はあ」
今更後悔したって遅い。
もうことは動き出している。
(迷うな...しっかりしろ...)
逃げたくなる自分をなんとか諫める。
その時
「...ネロ?」
「!!」
振り返るその先には、怪訝な表情でネロを見つめるアポロがいた。