櫻の王子と雪の騎士 Ⅱ
「この湖の水は『魔水』と呼ばれる魔法のかけられた水です。異国のものであれば触れることすらできませんし、自国の者もこの湖を渡ることはできません。内側に渡るには今の魔法を使うしか手はない。我が国は、言わば、国境並びに王都を『魔水』という名の砦で守る、水の京(みやこ)というわけです」
クロノワの胸元にあるアイルドール王家の紋章がキラリと光る。
「私の名はクロノワ・エディク・アイルドール。
恥ずかしながら王家の末席に座る者。
ジンノ様はこの国にとって多大なる恩恵を与えて下さった大恩人です。代表、と言ってはなんですが、この国にいる間は私が皆様の手足となれるよう尽力させて頂きます」
腰を折り、深々と頭を下げるクロノワ。
彼の肩にジンノは手をかける。
顔を上げたクロノワの表情はとても凛々しく、美しかった。
◇
水が割れ、できた道を一行は歩く。
後ろを振り返れば、既に道は塞がりつつあった。
「すごいな、改めて見ると...その魔法は誰もが使えるものなのか?」
「いいえ、使えるのは極僅かな魔法使いのみです。私が知る限りでは王族やそれ以外でも名の知れた一族だけですね」
確かに、これだけの水量をコントロールするには圧倒的な魔力とそれを的確にコントロールするにはかなりの技術が必要だ、取り分け、この水にはすでに魔法がかけられている。つまり重複で魔法をかけるという事になる。
重複魔法は様々な魔法の中でも特に扱いが難しいのだ。
それに
「これは...古代魔法、ですか?」
リュカが壁となっている湖のそれを見上げ ぽつりとつぶやいた。
「おお!よくお分かりですね!そうなんです。これは何千年も前に作られた古代魔法です。発見されたのはおよそ千年前。それまではあの場所に王都など存在せず、完全に外と隔離された土地で先住民が住んでいたそうです。
今でこそこうやって道を作ることが出来るようになりましたが、できるのはそれだけ。仕組みが分かっていない以上、万が一にでもこの魔法をとかれるようなことがあればもう二度とかけることはできないでしょう」
世界各国に数個点在する未だそのルーツが不明な『古代魔法』
これもまたそうなのだ。
割れた湖の底を数十分かけて渡りきり、ルミアが振り向くともうそこに道は無くなっていた。
それを見やり、ルミアはぼんやりと思う。
何人たりと人を通さぬこの『魔水』に囲まれた王都。
外から見れば強固な砦に囲われた絶対的安全な城に見えるが、こうやって湖の内側に立ってみると自分が囚われの身となったように錯覚する。
まるで柵を持たないだけの完全無欠な牢獄だ。
内側に住む人々がそう思っているかは別として、ルミアはそう、感じていた。