櫻の王子と雪の騎士 Ⅱ
一方その頃──
燃える建物から遠ざかるある人物に少年が立ち向かっていた。
「何度も言わせるな。そこをどけ、ガキ。」
「うるさいっ!どくもんか!俺は見たんだぞ!お前があの家に火をつけるとこ!!」
男の感情の何も感じ取れない冷めた瞳が、ギロりと少年を睨みつける。
明らかな異常者のそれに少年は怯えながらも、体を張って止めようとしていた。
「...最後の警告だ。そこをどけ。さもなくば...子供であろうと容赦なく殺す」
「......っ!!」
極めつけの脅しに、少年の瞳は誰の目にも明らかなほど震える。
恐ろしいのだろう、声も出なくなるほどに。
しかし
少年は引かなかった。どんなに恐ろしくてもその場から立ち退くことをしなかった。
男は一つため息をついて
「...もういい。死ね」
残酷な言葉をその口から吐きながら、手に持った刃物を振り上げた。
ギイィン...!!
刃と刃がぶつかり合うような金属音が響く。
少年へと振り降ろされるはずだったそれは空中で止まっていた。
いや、止まっていたという表現は正しくない。
正しくは、少年と男の間に入り込んだ人物の身体へと突き立てられていた。
スラリとしてはいるが熊と見間違うほど大きな身体に筋肉質な腕が伸びる。
「おいおい、子供にそんな物騒なもん向けるじゃない」
穏やかな笑を向け、男に向き合うのはイーリス。
頬の三本のケモノ傷に不釣り合いなほど妖艶な微笑み。
しかし、男はそれを見ている余裕などない。
「!?、は!??」
あの音の正体。
男の振り下ろした刃物は確かにイーリスを体をめがけ突き刺し、その結果、肌に触れたそれは完全に折れてしまっていたのだ。
「お前っ何もんだ!!」
使い物にならなくなった刃物をほっぽり出し、怒鳴る。
だが、イーリスはぴくりとも表情を変えず、ただただ微笑むのみ。
「私は名乗るほどのものじゃない。ただね...」
より一層あまく笑みを浮かべながらも、その目は暗く怒りに満ち溢れていた。
「あんたの方は名乗ってもらおうか、俺の前ではなく、お上の前でな。放下犯よ...」
伸ばされた大きな手が目の前の男の首元を掴み、ゆっくりと持ち上げる。
男よりも一回りも二周りも大きなイーリス。目線を合わせるところまで持ち上げられれば、足元も宙に浮かぶ。
男は顔を真っ赤にさせ苦しそうに悶えるが、イーリスは力を緩めない。
「くそっ...ッ」
〈フレイム〉インフェルノ
息も絶え絶えに呪文を唱えるとイーリスの体が一瞬で劫火に包まれた。
「ああっ!」
イーリスの背後で腰を抜かしていた少年は思わず声を上げ、放火犯の男はしてやったりとほくそ笑む。
が、一向に首元を掴む力は衰えない。
炎に包まれても尚微動だにしないその肢体に徐々に動揺が顔を出す。
そして
「そんなヤワな炎じゃ、家は燃やせても俺は燃やせねーな」
炎の中から姿を現したイーリスは、笑みを浮かべたまま、そう言った。