櫻の王子と雪の騎士 Ⅱ
ドスッ
そんな鈍い音と共に、殴られた腹をおさえて男の身体がくの字に折れ、そのまま前かがみ倒れた。
それを肩に担ぎ、イーリスは立ち上がる。
「あ...あのっ!!」
「ん?」
振り向くと少年が座り込んだ状態でイーリスの焦げ付いたマントを掴んでいた。
「ああ。ごめんね、ほっぽって行く所だった
立てるかい?」
華奢な腕を大きな手でそっとつかみゆっくりと立たせる。
その動作は終始壊れ物を扱う優しく、とても先程まで放火犯とやり合っていた人物には見えない。
マントの奥にはちらりと、小さいが黄金で象られたフェルダンの紋章が。
少年はまじまじとイーリスを見ていた。
同じくイーリスも。
普通の街の子供のようだが、よく見れば、小汚くしている割に身につけている衣服は上質で靴も下町で売られているようなものではない。
そして襟元からわずかに覗く、首から下げられているペンダント。
そこに描かれているのは記憶が確かならばこの国の王家の紋章だ。
『また王子が宮殿を抜けだしたらしいぞ』
昼間、街を行き交う人々が話していた噂がふっと蘇る。
ああ。彼が。
自分より大きな大人の、それも犯罪者を目にし、脅されてもけして引かなかったこの子が噂の王子かと。
その考えに至ると、イーリスはしゃがみ込み目線を合わせてその優しい笑みを向けた。
「よく犯人を止めていてくれました。君のおかげでこいつを捕らえることができました。ありがとう」
そう言って小さな頭を包み込むようになでる。
少年はくすぐったそうにそれを受け止め、その掌が離れるとすぐさま口を開いた。
「名前をっ...教えてください」
今はただの庶民を装っているが、本来は王子。
王子を救い、巷を騒がせている放火犯をとらえたのだ。
もしかしたら後で、ちゃんとした身分の上で礼を言おうとしているのかもしれない。
自分を見つめる真剣な二つの瞳に、純粋に心を動かされる。
「私は...しがないただの旅の騎士ですよ。私達のようなものに気遣って下さるのならば、その心はこの男を捕まえようと奮闘していたこの国の騎士達と、放火に苦しんだ国の民へと向けてください...立派でしたよ、王子」
「!!」
「では、失礼致します」
最後に深く頭を下げ、イーリスは歩き出す。
その後ろ姿を少年は何も発することなく、ただじっと見つめていた。