櫻の王子と雪の騎士 Ⅱ
呆然として、突き飛ばしたジンノを見つめる。
言葉など出てこない。
ただ、目の前の現実に追いついていない。
当のジンノは顔を伏せて座り込んでいる。
ブツブツと何かを呟いているように見えたが、そんなところまで、その時のルミアは気を配る余裕など微塵もなかった。
「...何で...にいさん?」
さらに、思わず呟いたその言葉が、ジンノに火をつける。
「きゃっ!!」
掴まれた手首、ベットに押さえ付けられた体。
再び覆いかぶさるジンノ。
暗がりでのぞくその目には、もう優しさのかけらもない。
「兄さんっやめてっ!!にいッ――むぐ!?」
呆然としていた先ほどまでと違い、抵抗し、抗うルミアの口を、ジンノは自身の唇でふさぐ。
「んッ、――ッんん――!!」
固く閉じられていた唇をやすやすとこじ開け、割り込むようにして舌を差し込まれる。
経験したことのない感覚に、目を見開き、覆いかぶさるその大きな体を何度もたたき、やめてと主張するが、当然のようにびくともしない。
息もつかせないそれに、とうとう体が悲鳴を上げそうになる。
くるしい、息が持たない
ルミアは魔力を使おうとした。
しかし
「ん!??ッ...ハッ――ぅンッ!!」
魔法が使えない。
混乱が息遣いから伝わったのかもしれない。
ようやく、唇が離される。
「ハア、ハア、ハア、...ッハァ」
必死に酸素を求める身体と、合わせて大きく上下する肩。
真上でそれを見下ろすジンノは、若干呼吸を乱しながらも余裕そうにして、手の甲で口元をぬぐう。
「ハア...甘いな」
ジンノは笑う。
それをルミアは、信じられないものを見るような目で見上げた。
いや、実際その時のジンノは、別人と言っても過言はなかっただろう。
「甘いよ...唇も、お前自身も...だから、こんなことになる」
ジンノの手が、指が、ルミアの滑らかな肌を滑り、そのまま唇をなぞる。
「俺が近づいて、おかしいと思った時にすぐ魔法を使えばよかった。普段のお前なら、そうしたはずだ。だが、お前はいつも俺に甘い。警戒心のかけらもなければ、おかしいと思ってからの行動も甘すぎる。だから、ほら、魔法まで封じられた」
最初に突き飛ばされた瞬間、ぶつぶつとジンノが呟いていた時、あれは魔法を詠唱していたのだ。
それに今やっと気が付き、ぐっと歯を食いしばる。
悔しがるルミアに、ぐっと近寄り顔を近づけるジンノ。
「確かに人より力はあるだろう、努力もしている、知恵と知識もある。だが、それだけだ。お前は身内に甘すぎる。騎士はどんな時でも冷静に、誰に対しても冷徹であらなければない...お前のその甘さが、必ず、命取りになる」