正義は誰が決める?
「結果、これが悪い話で、さっきのがいい話。
どう動こうが君の勝手だけど、くれぐれも忘れないで。
僕が動くのは金が手に入る時。
僕に情は存在しない。
僕は君の見方じゃない。」
情報が欲しければ金をつぎ込め、と。
もしも、は存在しないと。
お決まりのようないつものセリフを鼻で笑った。
「俺が今まで金を渡さない日があったか?」
「記憶にないね」
薄く微笑んだ翠希はそれ以降何も言わなかった。
まあ、俺が返事しなかったってのもあるんだろうけど。
俺も翠希も騒ぐより静かに酒を煽りたい方だから、自然な事といえばそうなんだろう。
「サービスです」
低くも高くもない心地いい声で、真正面から差し出された空色のカクテル。
オーナーの後ろのメニュー表にはスカイマリンの文字。
海のように深い青色がコップ底で、上に行くにつれ毒気を抜かれたような水色が細長いコップ縁のレモンを際立たせている。
闇の娘の父で、引退して20年たった今でも忘れられることのない……常闇。
差し出されたカクテルを受け取って口に含んだ。
溶けるような炭酸が口の中を刺激して、だけどバニラのように甘い。
コップ縁のレモンが甘味を牽制するように酸味を作って、なんとも言えない独特の味だった。
「依頼、内容」
「白羅姫、木野刹那。あと、あの女の詳細も」
「期限は」
「木野刹那が1週間。あの女はいつでも」
「1週間ね。充分」
怪しい笑みを浮かべた翠希は早速ノーパソを取り出した。
帰るために、おまけでもらったカクテルを一気に飲み干して、肺が急激な炭酸で少しちくりとした。
翠希が言う“悪い話”をまとめた紙に目を通しながらふぅ、と息をついた。
“悪い話”をまとめ上げると店に入った時から窓辺でぼーっとしている女の面倒を見ろ、と。
その代わり前回の依頼料は倍にして返してくれるらしい。
生ける屍の様に指先さえも動かなかった女に声をかけた。
「おいで、帰るよ」
なるべく、驚かせないように。
ゆっくり視線をこちらに向けた女は手を差し出してきた。
そのまま手をとって引っ張るとバランスを崩した女は俺に寄っ掛かってきた。
もう、立たせるのも面倒だし背中と足に腕を回して姫抱っこにした。
清に比べて随分かるい女は不気味なほどほっそりとした手をおずおずと俺の首に回した。
「じゃ、後はよろしく。琥珀様」
睨む翠希を無視してカラン、と音の鳴るドアを押して店を出た。