天才少女は嘘をつく。
「2人とも、どこ行ってたのかと思えば!」
聞きなれたハスキーな声にハッと声をあげた。由衣の声だった。エレベーターの中から真子と由衣が息を切らしていた。
「2人でこそこそして……こっちは講堂に居ないから理事長に呼んでこいって頼まれたんだぞ!」
「わたしはまだしも、流奈が講堂に来ないのなんていつものことじゃない」
「転校生を紹介するためだって」
真子が静かに告げた。真子は普段あまり話す方ではない。だからと言って無口なわけではなく、ほどほどに話すってだけだ。
いつもの無難な明るさを感じる声とは違い、真子は妙に大人びた言い方をしている気がする。
「転校生か……あの感じだと、普通クラス代表ってことになるんだろうな。真子も普通クラスだろ。なんか知らね?」
由衣が追い討ちをかけるように真子に尋ねた。真子はうーんと首を傾げる。申し訳無さそうな笑みを浮かべて頭を振った。
「ごめん、分かんないや」
「ちぇっ、使えねーの。とりあえず乗りな。転校生がどんな奴かは知んねーけど、どんな奴でも新しいクラスメイトになるわけだし?」
深妙な顔つきで由衣はエレベーターのボタンの1番上を押した。1番上のボタンには指紋認証が付いていて、特別クラスの生徒あるいは理事長のみしか押せないことになっている。
「由衣がまともなこと言ってる……」
「……珍し」
わたしが呟くと流奈まで感心したように声を漏らした。わたしたちはエレベーターに乗り込み壁に体をくっ付けた。流奈の持っている本に目を向ける。
「今度は何の本読んでるの?」
「アンナ・カレーニナ」
「また英語?」
何度も繰り返された会話の中で、流奈の本はいつも外国語だった。しかも文学が多い。何が面白いんだか。
「んーん、今度はロシア語」
「……そういえば、ロシアの文豪の小説だったね。何て作家?」
わたしは本を流奈から奪ってペラペラとめくり始めた。文字も内容も理解不能だ。
ロシア語で文学を読む中学生が居ていいんだろうか。確かにロシア人は読めるかもしれないけど。
エレベーターのドアが開かれる。それと同時に噂の彼女の姿が目に飛び込んできた。
「『アンナ・カレーニナ』って、結構有名な人が書いているよ。そう、作家の名前は______」
「「レフ・ニコラエヴィチ・トルストイ」」
同時に発せられた同じ答えに流奈は片眉を吊り上げた。一方、転校生の表情は一定して和やかである。
彼女はニコリと微笑んで、美少女だけに許される極上の笑顔を見せつけた。
「初めまして、桜川流奈さん」