今夜、上司と恋します
*
広瀬の目の前で電話を取るか。
どうしようか。
すぐに電話を取ろうとしない私に、広瀬は不思議そうな顔を向ける。
「出ないのか?」
「……」
「誰?」
そう言うと、私の携帯を覗き込もうとしたから慌てて私は隠す。
けど、時既に遅し。
「……佐久間、さん?」
「あ、うん。何だろう。仕事の事かな。ごめん。ちょっと出て来る」
これで出ないのも、おかしい。
いつも広瀬の前で気にせず電話に出るのに、違う場所に行こうとしてるのもおかしい。
わかってるけど、広瀬の目の前で電話に出たら何もかもがバレる気がする。
「目の前で出ろって。いつもそうじゃん」
立とうとした私の手を、広瀬がぐっと掴む。
振り解く事も出来ずに私は静かに座りなおした。
座ったというのに広瀬の手が解かれる事なく、繋がれたまま。
「……」
「……」
尚も鳴り続ける着信。
広瀬の痛いほどの視線を受けながら、私は通話ボタンを押した。
「はい、もしもし」
『あ。広瀬と出かけてるとこ悪い。今少しだけ大丈夫か?』
「……はい」
ちらりと広瀬を見ると、ばちっと視線がかち合った。
それから、広瀬は私の手をぎゅうっと強く握る。
『企画書の事だが…』
「はい」
よかった。仕事の話だ。
ホッとしながら私は佐久間さんの話を聞く。
企画書のデッドラインと、デザイナーに話を通した事などを簡単に説明された。