レゾンデートル 【短編】僕止めスピンオフ・2



 同性愛者にとって同棲は人生の難関中の難関だといえる。我々の関係をどこまで知られてOKなのか、とか、仕事での不都合はあるのか、とか、考えて実行に移さなければならないことが山積みになる。だが、そういう戦略は出来ることは前倒しで布石を打つものだ。私の購入したこの部屋は例の精神科の医者の元カレの飲み友達の不動産屋から紹介してもらった。オーナーが金持ちのゲイのカップルで、二人は最上階に住んでいる。つまりマンション住民からのツッコミはまず入らない。いわゆるゲイ・フレンドリーな(それ以上の)住環境は確保してある。

 知り合いのゲイ夫婦にノウハウを聞く必要があるな、とか、隆がどこまで現状を把握しているのか、とか、その日以来私の頭の中は、現実的な戦略を立てることでいっぱいになった。それは多分、至福感というものだと私は思った。

 好きだとか愛してるなんて言葉は、裕の発作実験と対策の日に私が隆に自分の気持を暴露して以来、一言も言っていないし、隆も私に言ったことはない。それでも不安になるかということがあるかというと、それを感じることは殆ど無いと言っていい。あの小島隆が、好きでもない男を抱けるわけがないし、嫌いな人間に逢いに来ることもあろうはずがない。不器用と実直が取り柄の男だからこそ、一旦見損なわれた私がこんな風に受け入れられていることに驚嘆と奇跡を感じて日々暮らしている。昔の男に、「愛してるの? 私のことホントに好きなの?」などと訊かずにいられなかった私はどこへ行ったのだろうかと笑えてくる。だからといって隆が私の気持ちを確かめたいと思っているのかどうかはわからない。それとも私と同じように、あの日のあの最悪な告白の言葉だけで、今も私が死ぬほど小島隆を愛しているということを疑わないのだろうか。

 それは私にはわからなかった。






 

 

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