ウ・テ・ル・ス
 アジア学生交流会で、長身の彼がクールな瞳で自分に近づいてきて、いきなりデートに誘われた時は、少なからぬトキメキを感じたことを覚えている。もともと美形の秀麗は、男が言い寄って来ることには慣れていたし、それを軽くあしらう術も熟知していた。恋愛などにまったく興味が無いいつもの彼女なら、軽く振っていたところだが、珍しく彼の申し出を受けた。
 しかし、ふたりきりで会ってみると、それはデートではなくて彼のビジネス構想のプロポーザルであることがわかった。わずかな失望感を感じながらも、彼の話を聞くうちに、そのビジネスの可能性と魅力に気づいた秀麗は、いつしか秋良のパートナーとなっていた。
 彼の設定した商材は代理出産である。代理出産に対しては、子をもてない不妊のカップルの最後の希望だと評価する意見と、女性の体を道具化し搾取するものだと非難する意見が対立している。日本では、日本産科婦人科学会は代理出産を禁じ、厚生労働省の専門部会も禁止する最終報告をまとめているが、法制化には至っていない。2005年に大阪高裁が示した「母子関係の有無は分べんの事実で決まるのが基準。昨今の生殖補助医療の発展を考慮しても、特別の法制が整備されておらず、例外を認めるべきではない」との判例に基づき、『分娩者こそ母』のルールが確立している。
 世界の視点で見てみると、ドイツやフランスのように全面禁止する国もあれば、イギリスのように無償のボランティアの場合のみ認める国や、アメリカのいくつかの州のように有償の契約も認めるところもある。
 実際におこなわれているカリフォルニア州では、一回の体外受精・胚移植で妊娠成立の後そのまま順調に妊娠期を送り出産、新生児を日本に連れ帰るまでの過程で、最低でも2千万円以上の費用が必要とされる。単にメディカルオペレーションの費用だけではなく、高額な弁護士とともに千本ノックのような法的整備作業や代理母への経費が積み重なった結果だ。そしてようやく出産されたこどもは、実子としてではなく養子縁組することにより親子関係を成立させて国内に連れて帰るのだ。
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