ウ・テ・ル・ス
当初は、初めて会った自分に、なぜこのプランを話してくれたのか疑問であったが、今となってはそれも想像がつく。秀麗の国際性、家庭環境、ビジネス知識、そしてなによりも彼女が抱く野心の大きさを事前に調べ上げて、彼のプロポーザルに拒否できないことを、彼は知っていたのだ。
それから8年。確かに彼のアイデアは大成功を収めている。一方で、代理出産をとりまく国内外の規制や、日本人代理母の状況の変化により、このままでは今の成功を維持できないことも感じてはいた。
やがて機内アナウンスが、成田空港への着陸態勢に入ったことを告げだ。
「真奈美ちゃん。今日は昼から珍しいわね。」
「ええ、今日は仕事がお休みなんです。」
病院ですれ違う看護師や患者さん達から掛けられる声のひとつひとつに、彼女は丁寧に応えていた。心臓の疾患で治療入院をしていた母を見舞う真奈美は、この病院ではもうすっかり顔なじみだ。彼女の他人に献身的という性格も手伝って、母の看病のみならず病院の人たちと積極的に関わってきたことが、彼女に寄せられる挨拶の数に現れている。しかし、この病院の人たちとも、あと少しでさよならを言わなければならない。カテーテル手術もようやく終了し、母が退院できる日が近づいてきたからだ。母が家に帰って来る日を思うと自然と真奈美の足取りも軽かった。母の病室のドアを開けようとすると、真奈美を呼びとめる声があった。
「真奈美ちゃん。ちょうどよかった…少し話が出来るかな。」
声の主は、母の主治医の大磯先生であった。大磯先生の顔は笑っているものの、あらためて話しがしたいと言われると、真奈美もなんとなく胸騒ぎがした。大磯先生は、院内のコーヒーショップからコーヒーをテイクアウトして、真奈美と連れだって自分の診察室へと向かった。診察室に入ると真奈美に椅子をすすめ、テイクアウトしたコーヒーのひとつを差し出す。
「ありがとうございます。…それで先生、お話ってなんでしょうか。術後の経過に問題があるのですか?」
「安心していいよ。カテーテル手術は問題ない。でもね…。」
大磯先生は、言いにくそうに蓋にあいた小さな吸い口からコーヒーをすすった。
「術後の経過を見るCT検査で、お母さんに肺がんの疑いがある事がわかった。」
真奈美は、大磯先生の言葉に絶句した。彼女の硬直した身体をほぐすように大磯先生は言葉をつなぐ。
それから8年。確かに彼のアイデアは大成功を収めている。一方で、代理出産をとりまく国内外の規制や、日本人代理母の状況の変化により、このままでは今の成功を維持できないことも感じてはいた。
やがて機内アナウンスが、成田空港への着陸態勢に入ったことを告げだ。
「真奈美ちゃん。今日は昼から珍しいわね。」
「ええ、今日は仕事がお休みなんです。」
病院ですれ違う看護師や患者さん達から掛けられる声のひとつひとつに、彼女は丁寧に応えていた。心臓の疾患で治療入院をしていた母を見舞う真奈美は、この病院ではもうすっかり顔なじみだ。彼女の他人に献身的という性格も手伝って、母の看病のみならず病院の人たちと積極的に関わってきたことが、彼女に寄せられる挨拶の数に現れている。しかし、この病院の人たちとも、あと少しでさよならを言わなければならない。カテーテル手術もようやく終了し、母が退院できる日が近づいてきたからだ。母が家に帰って来る日を思うと自然と真奈美の足取りも軽かった。母の病室のドアを開けようとすると、真奈美を呼びとめる声があった。
「真奈美ちゃん。ちょうどよかった…少し話が出来るかな。」
声の主は、母の主治医の大磯先生であった。大磯先生の顔は笑っているものの、あらためて話しがしたいと言われると、真奈美もなんとなく胸騒ぎがした。大磯先生は、院内のコーヒーショップからコーヒーをテイクアウトして、真奈美と連れだって自分の診察室へと向かった。診察室に入ると真奈美に椅子をすすめ、テイクアウトしたコーヒーのひとつを差し出す。
「ありがとうございます。…それで先生、お話ってなんでしょうか。術後の経過に問題があるのですか?」
「安心していいよ。カテーテル手術は問題ない。でもね…。」
大磯先生は、言いにくそうに蓋にあいた小さな吸い口からコーヒーをすすった。
「術後の経過を見るCT検査で、お母さんに肺がんの疑いがある事がわかった。」
真奈美は、大磯先生の言葉に絶句した。彼女の硬直した身体をほぐすように大磯先生は言葉をつなぐ。