ウ・テ・ル・ス
 彼らのビジネスは合法ではない。だからといっていわゆる暴力団の生業ではなく、それは当時24歳であった彼が綿密なマーケティングで生み出した、斬新なビジネスなのだ。稼働から8年。軌道に乗ったビジネスは、彼らに法外な利益をもたらし、彼を数台の高級外車を持つ高級マンションの住人に成らしめた。彼のスマートフォンがまた震えた。
「小池社長ですか。」
 酒で焼けた男の声が彼の名を呼んだ。
「ああ。」
「良いリクルートターゲットが現れましたよ。三室さん寄こしてください。」
 秋良は、外に出なければならない用事があることを思い出した。
「ついでもあるから、これから自分が行く。」
「社長が?…珍しい。」
 秋良は返事もせず電話を切ると、室内照明のすべてのスイッチを入れた。
「ショウタイムは終わりだ。」
 ベッドに横たわる全裸の女が、眩しそうに眼を瞬いた。

 真奈美は、顔を含む身体の部分ひとつひとつのどれをとっても、男が見とれるほどの麗しい作りではない。しかし、学生時代からバスケットで鍛えた身体は、全体のシルエットで見ると、とても均整のとれた美しいプロポーションを呈している。こんな失礼な言い方を許してもらえるなら、後ろ姿に見惚れた男達が、その容姿を確認したいがために、足早に歩いて前にまわり、ちょっとがっかりしてそのまま歩調を緩めず歩き去っていくタイプの女性なのだ。ゴージャスと言うよりはアスリートで、学生時代に鍛えられたその恵まれた身体は今では、家族を支えるために一心に働くことに、いかんなく発揮されている。高校三年の時に、事業に失敗して亡くなった父の負債を背負い、病身の母を看護し、まだ学生の妹の面倒をみる。まさにドラマのごとく、泥沼にあえぐ悲運の主人公そのままの彼女だが、残念ながら現実ではドラマと違って彼女を助けてくれるような運命の人が現れるようなことはなかった。
 今夜も、数えられないほどの荷物の宅配業務を終えてやっと帰宅したのだが、アパートの門の前でたむろする下品な身なりの男達を見ると、疲れて丸まった背筋を再び伸ばして戦いに備えた。家族を守れるのは自分しかいない。
「なんか御用ですか?」
 男達は、声の主を一斉に見た。宅配便の制服姿の真奈美の姿を認め、相手が男か女かしばし確認しているようだった。
「あんた、森さんの家族かい?」
 男は、煙草をくわえたまま真奈美に言った。
< 2 / 113 >

この作品をシェア

pagetop