ウ・テ・ル・ス
 秋良は、言い掛けて途中で言葉を飲んだ。秋良の視線の先には、彼のもとに配送されてきた小さな箱があった。中には、先日秋良が真奈美に買ってあげた服や靴が入っていたのだ。
「お前がどう思うとも…俺はぜひとも彼女を欲しいと思っている。」
「おや、珍しいですね。社長がそんなに入れ込むなんて…。だったら自分に任せてくれればいいのに。彼女が来た日だって、直接手掛けるなんて言うから…。」
 黙ったまま返事を返さない秋良を見て、三室はニヤつきながら言った。
「すこし揺さぶってもらいましょうか?」
「ああ、頼む。」
 秋良は三室と視線も合わさずそう返事すると、自分のデスクでキーボードを忙しく叩き始めた。

 病院からの帰り道、真奈美は母の洗濯物を抱えながら天を仰いだ。真奈美は大磯先生の話しに胸を叩いたのは良いが、実際どうやってお金を工面したらいいか途方に暮れていたのだ。今月分の借金の返済も明後日に迫っている。まだそれすら工面が出来ていないと言うのに、新たに大金を借りるなんて事も出来ない。配送の荷物を増やしたり、生活費をさらに切りつめても、そこで得られる額はたかが知れていた。宝くじだってくじを買わなければ当たらない。賭博で一攫千金をと狙っても、賭場に張る元手がないのだ。ああ、自分の苦境を救ってくれる白馬の騎士が、どこからか現れてくれないだろうか。
 急に、サングラスを外して手を差し伸べる秋良の姿が浮かんできた。慌てて頭を振ってイメージを打ち消した。あいつは、自分達を救う騎士じゃない、あいつは最低な悪魔なんだ。どんな状況になっても、あいつの言うと通りにはならない。
『わたしは絶対に負けない。』
 そう呟きながら、真奈美は大きな洗濯物の袋を持ちかえて、家に向かう足どりに力を込めた。
「お姉ちゃん。」
 背後からミナミが声をかけながら走って来た。
「あら、早いじゃない。」
「部活が休みだったからね。それでさ、スタバで友達としゃべってたら…何が起きたと思う?」
「どうしたの…嬉しそうに。」
「ああ、やっぱり才能ある人間は、見出される運命にあるのね。」
「なによ?」
「声かけられたのよ。」
「まさか、あんたまた援交しようなんて…。」
「違うわよ。スカウトよ。」
「えっ?」
「芸能プロダクションの人にスカウトされたのよ。」
「あんたが?」
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