ウ・テ・ル・ス
 待ち合わせに遅れてきた真奈美に、秋良が最初にかけた言葉だ。真奈美のワンピースに合わせてコーディネートしたのか、若草色のVネックのカシミアセーターを素肌に着て、白いスラックスと素足に白いデッキシューズ。秋良はカフェのバルコニー席で真奈美を待っていた。ガーデンチェアに浅く腰を掛けて、日本人離れした長い脚を組む彼の姿は、本当に彫刻のようだ。
 席に着いた真奈美であるが、秋良はその後まったく彼女に話しかける気配がない。ただ、眩しそうに空を眺めながら、時折カップを口に運んでいる。そんな彼の姿を、真奈美はチラチラと盗み見した。つくづくカッコイイ男だ…これが、本当のデートだったらよかったのに。真奈美は秋良の姿に見惚れながら、心からそう思っていた。しかし、柔らかな時はそう長続きしない。秋良が話しかけてくるとまた緊張感が蘇って来た。
「久しぶりだな。」
 真奈美は秋良を見つめたまま返事も返さずにいた。
「あれからなにか良いことあったか?」
「聞かなくても、私のことはなんでもご存じでしょう。」
 今度は秋良が真奈美を見つめたまま黙り込んだ。
「でも…私はあなたのこと何も知らないのよ。少しはあなたのこと話して。」
「そんなことを話す必要があるのか?」
「だって、デートなんでしょ。」
 秋良は、返事もせずに頑なに口を閉じた。しばらく彼の言葉を待った真奈美だが、彼は一向に喋ろうとしない。仕方なく真奈美は、秋良の全身を眺めまわしながら、語りはじめた。
「わたしが思うには…。こんな仕事を思いつくくらいだから、大学出で私と違って頭が良いのでしょうね。お金持ちみたいだから、仕事も成功している。でも…いくら儲かっても、あなたの仕事は普通の神経では続けられないわ。子供がいては出来るはずないし、当然結婚もしていない。女をモノとしか思っていないあなたは、きっと彼女すらいないはずよ。」
 秋良は不愉快な気持ちを押さえながらも、彼女が話すのを黙って聞いていた。
「およそ家庭に縁もなく、人と心を通わせるなんてことも出来ない。そんな人は、いくらお金が儲かっても、使い道が思いつかないものよね。ご両親のご加護に気づかず、自分ひとりの力で生きてきたように錯覚し…。」
「そうだよ!おやじは俺が物心つく前にどっかへ消えたし、おふくろなんて若い男の尻ばかり追いかけていた!昔も今も自分ひとりだ。満足か!」
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