ウ・テ・ル・ス
 ところで、この検査で不合格になったらどうなるんだろうか。また、今日をのたうち回る泥沼の生活に後戻りだ。マンモグラフィで乳房を挟まれた痛さに耐えながらも、合格していいのか、しない方がいいのか、複雑な心境に陥っていた。
 一日かけてすべての検査を終えると、豪華なお重のお弁当が真奈美を待っていた。検査のため前夜から食事を抜いていた彼女は、着替えもせずにお弁当にかぶりついた。
「その食べ方見ても、なんで社長が君を欲しがったのか、不思議でしょうがない。」
 真奈美は、海老フライをくわえながら顔を上げた。ドアに三室が寄り掛ってこちらを見ていた。
「この仕事に食べ方なんか関係あるんですか?」
「あるよ。遺伝子が適合する複数の候補の中から、最終的には、クライアントが見て自分達の代理母を決めるんだ。そんな食べ方してたら、選んでもらえないよ。」
『もしかしたら、良いこと聞いちゃったかも知れない…。』
 箸を置いてそんなことを考え込む真奈美に、勘違いした三室が悪いことしたような気になって言葉を継ぎ足した。
「まだ合格したわけではないんだから、今は好きに食べればいい。今日はこれで終わりだ。食事が終わったら帰っていいよ。検査の結果は2、3日後に伝えに行く。」
 三室は、お疲れさまというように片手をあげて部屋を出て行った。真奈美は、そんな三室に軽く挨拶すると、また考えにふけった。そうだ、少なくともこの世界に入ったなら、経済的に家族のことを心配する必要はなくなる。身軽になった分、これからはこの世界でどうやって自分を守り抜くか、そのことだけに集中すればいい。真奈美は、そう考えると少し気が楽になった。さあ、やがてやって来る地獄に備えて、体力を養おう。真奈美は食事を再開した。

 週に一度、秀麗と乃木坂のフレンチレストラン・フウ(FEU)でランチを取ることが、秋良の習慣であった。会議で話せないこと、話しきれなかったことを、食事をしながら話すのだが、話すのはもっぱら秀麗の方であって、秋良は耳を傾けながら、相槌を打つか、イエスかノーかの返事をするだけなのだ。
 ベジタリアンの秀麗は、サラダをナイフとフォークで器用に切り分けながら、口に運ぶ。
「会議でも話したけど、新しい受入国としてフィリピンを検討したいんだけど、いいかしら?」
「根拠は?」
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