ウ・テ・ル・ス
「確か24才のはずです。」
「そうか、年齢的には適合だな。体型も悪くない。しかし…身体の中のことだから、検査をしてみないとわからん。」
「とにかく、誘いを断れる境遇じゃないことは確かですから。これ、あの家族のプロフィールです。」
 男は、秋良に封筒を渡した。
「ああ、早速アプローチしてみる。」
「検査に合格したら、負債の全額返済と手数料をよろしくお願いしますよ。」
 男はそう言うと秋良の車から出て言った。秋良は、彼が去り際に車内に残した下卑た笑いを洗い流すように、エンジンを始動させてカーオーディオの音量を上げた。

 秋良は、車を歌舞伎町のパーキングに留めると、派手でゴージャスなネオンをすりぬけて、ゴールデン街の小さな飲み屋のドアを開けた。ドアの開く音とともに、年増の女主人が入って来る秋良の姿を一瞥したが、彼を客として迎える言葉もなく、何事もなかったように視線を戻して常連客との会話に戻る。そこは財力のある彼が行くには不釣り合いな小さく、そして汚い店ではあったが、彼はかまわずカウンターの隅に収まった。
 秋良は車中で男から受け取った封筒を取り出すと、あらためて真奈美のプロフィールを眺めた。家族構成、家族の生年月日、父親の死因、母親の病名、負債額。見れば見るほど絶望的な境遇だ。きっと負債が生み出す月々の利子の額すら稼げていないはずだ。さらに、病身の母と高校生の妹を抱えているなんて…。負債の泥沼に沈んでいくだけで、今の彼女に積み上げていく未来なんてない。こんな環境から逃げもせず生きている真奈美が不思議だった。秋良にしてみれば、逞しいと言うよりは、図々しいとしか思えなかった。
「秋良、持ってきてくれた。」
 近寄って来た女主人が、カウンター越しに秋良に話かけた。秋良は黙って内ポケットから、分厚い茶封筒を取りだすと、女主人の前に無造作に投げ出す。
「助かったわ。これでなんとか不渡り出さずに済む…。必ず返すからね。」
「いらん。あんたと会うのもこれで最後だ。」
 一瞥もくれず不機嫌な秋良に、女主人もたじろぎ気味だ。
「秋良、ご飯まだなんでしょ。なんか作るから、食べていきなさいよ。」
「今さら母親の真似はやめてくれ。不愉快だ。」
「秋良…。」
 秋良は席を立った。
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