ウ・テ・ル・ス
『こちらの気候は思ったほど暑くありません。快適です。もっとも部屋に居ることが多いのですが…。秀麗さんはよくしてくれます。でも…身体はますます重くなり腰は痛いし、お腹は突き出て、おっぱいは腫れて垂れ下がり、乳首は黒ずんできて…こんな身体にした人を恨んでは、夜な夜な月に向って吠えています。写真を送りますので反省してください。真奈美。』
 秋良は、わずかに頬笑みながら真奈美から送られてきた写メをのぞき込んでいた。
『ちょっとCEO、聞いてるの。』
「ああ、すまん。」
 定例会議の席で、モニターに映る秀麗からなじられて秋良は慌ててスマートフォンをポケットにしまった。
「で、なんだっけ?」
『事業整理の進捗状況を確認してるんでしょ。』
「ああ、そうだった。」
『クリニックも、倶楽部も、順調に買い手が見つかったみたいだし、あとは私たちの身の振り方を考えなくては…。』
「俺たちは何処へ逃げても逃げ切れそうもない気がしますね。」
 三室の発言に、守本ドクターも同意する。
「そうだよ、あの奥さん相当粘着気質みたいだから…。」
『なんであなた達は、出産の失敗を前提に話しするの?無事にすめば、少なくとも追われることなんかないはずよ。』
 三室と守本ドクターは顔を見合わせた。
「もし、追われることになったら…、生き残るための対抗策を準備している。」
 秋良が、全員の目を見つめながら力強く言った。
『どんな対抗策?』
「秀麗は知らなくていい。汚れ事は俺に任せておけ。」
『なんかキナ臭くて気に入らない…そう言えば、私たちの周りの様子も何か変なのよね。』
「変?どういうことだ?」
『周りを人相の悪い男達が徘徊していて、どうも私たち監視されているみたいなの。』
 秋良の顔に緊張の色が浮かんだ。
「あの奥さんならやりかねない。」
 守本ドクターが首を振りながら言うと、三室もたまらず言葉を繋げる。
「もし事が起きたら…日本に居る俺たちはとりあえず逃げられるけど、向こうに居る秀麗さんと姉さんは逃げられませんよ。」
『姉さんって誰?』
「あっ、いや、ウテルスのことです…。」
 慌てて言いなおす三室に、秋良が言葉を引きとる。
「とにかく…出産までは何も起きないだろうから、そこまでは堪えてくれ。」
『なんか嫌な予感がするわ。』
「安心しろ、出産の時は俺が行く。」
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