凪の海
汀怜奈は佑樹が指し示す方を見つめた。薄汚れた服をそのままに、包帯を巻いた子どもを抱いた女性が、大粒の涙を流していた。
「彼女はこの地震で家を失い、子供がケガをして…。頼りの旦那さんは震災前に亡くしていて、この後ひとりでどうしたらいいかわからず、一日中泣いているんです。」
「えっ、ちょっとまってください、佑樹さん。そんな方に私に何が出来るって言うのです。」
「ただ話しを聞いてあげればいいんですよ。彼女の心配や不安そして嘆き。なんでもいいから、今の彼女の心に溢れていることを聞いてあげてください。彼女も話し尽くせば、多少は心に隙間が出来て、明日のことが考えられるようになるかもしれない。」
佑樹はそう言うと、汀怜奈の肩を回して向きを変えると、その背中を押した。
「さあ、行ってあげてください。」
佑樹に背中を押されて半信半疑で女性に近づく汀怜奈。本当に話しを聞いてあげるだけで役に立てるのだろうか。だいたい、身も知らぬ私にそんな思いを話してくれるものなのだろうか。
案の定、近づいてきた汀怜奈に気づいた女性は、彼女に背を向けた。汀怜奈が足を止めて、振り返り佑樹に『無理ですよ』のサイン。しかし、佑樹は笑いながら首を左右に振って、彼女が戻るのを許さなかった。
「セニョーラ」
汀怜奈が、女性に呼びかけながらそばに跪いた。女性は相変わらず顔を背けていたが、その肩はまるで狼の潜む森に迷い込んだ子羊のように心細く小刻みに震えていた。それを見た汀怜奈は言いようのない感情に見舞われ、全く無意識にその肩に手を添えた。女性は、汀怜奈の暖かく柔らかな手に触れられて、その態度が一変した。汀怜奈の胸にしなだれかかると、嗚咽しながら流れる滝のごとく話し始めたのだ。どのように夫を亡くしなのか、地震で家がどんな崩壊の仕方をしたのか、こどもがなぜ怪我をしたのか。それは、説明ではない。心の奥底から湧き上がる嘆きであり、叫びであった。女性は疲れて眠るまで、その話しは続いた。あたりが暗くなってきた頃、汀怜奈はようやく、女性とその子どもに毛布をかけてその場から離れた。
「彼女はこの地震で家を失い、子供がケガをして…。頼りの旦那さんは震災前に亡くしていて、この後ひとりでどうしたらいいかわからず、一日中泣いているんです。」
「えっ、ちょっとまってください、佑樹さん。そんな方に私に何が出来るって言うのです。」
「ただ話しを聞いてあげればいいんですよ。彼女の心配や不安そして嘆き。なんでもいいから、今の彼女の心に溢れていることを聞いてあげてください。彼女も話し尽くせば、多少は心に隙間が出来て、明日のことが考えられるようになるかもしれない。」
佑樹はそう言うと、汀怜奈の肩を回して向きを変えると、その背中を押した。
「さあ、行ってあげてください。」
佑樹に背中を押されて半信半疑で女性に近づく汀怜奈。本当に話しを聞いてあげるだけで役に立てるのだろうか。だいたい、身も知らぬ私にそんな思いを話してくれるものなのだろうか。
案の定、近づいてきた汀怜奈に気づいた女性は、彼女に背を向けた。汀怜奈が足を止めて、振り返り佑樹に『無理ですよ』のサイン。しかし、佑樹は笑いながら首を左右に振って、彼女が戻るのを許さなかった。
「セニョーラ」
汀怜奈が、女性に呼びかけながらそばに跪いた。女性は相変わらず顔を背けていたが、その肩はまるで狼の潜む森に迷い込んだ子羊のように心細く小刻みに震えていた。それを見た汀怜奈は言いようのない感情に見舞われ、全く無意識にその肩に手を添えた。女性は、汀怜奈の暖かく柔らかな手に触れられて、その態度が一変した。汀怜奈の胸にしなだれかかると、嗚咽しながら流れる滝のごとく話し始めたのだ。どのように夫を亡くしなのか、地震で家がどんな崩壊の仕方をしたのか、こどもがなぜ怪我をしたのか。それは、説明ではない。心の奥底から湧き上がる嘆きであり、叫びであった。女性は疲れて眠るまで、その話しは続いた。あたりが暗くなってきた頃、汀怜奈はようやく、女性とその子どもに毛布をかけてその場から離れた。