凪の海
「そんな時は、将来などと大業に物事を考えずに、まず手近な趣味からはじめたらどうだ。」
「趣味ねぇ…。」
「ギターなんかどうだ?」
「何を突然?」
「あのうっとうしいピックガードなどついていない、ガットギターだよ。」
「え、エレキじゃ駄目なの?カッコいいけどな…。」
「人に聞かせる楽器もいいんだが…。どうだ、自分自身で自分に音楽を聞かせるギターってのも、いいと思わないか。」
 佑樹はしばしじいちゃんの言葉を頭の中で咀嚼していたようだが、すぐに諦めた。
「意味わかんねえよ。じいちゃん。」
「お前にわかるように説明したいんだが、どうも体が億劫で…。」
「いいよ、無理しないで…でも、じいちゃんが、ギターなんて言うの意外だな。初めて聞くぜ。」
「夢を見てな…昔を想い出した。」
「昔って…。ギターやってたの?」
 佑樹の問いかけにも、今度は応えることなくじいちゃんは目をつむった。
「じいちゃん、大丈夫。」
「ああ、喋りすぎて疲れたようだ。少し休ませて貰うよ。」
「わかった。」

 部屋に戻った佑樹は、またベットに寝転びながら天井を眺めた。再び不抜けの海に漂いながら、それでも、じいちゃんの言葉をもう一度頭の中で繰り返してみた。
『自分自身で自分に音楽を聞かせるギターってのも、いいと思わないか。。』
 やはり意味がわからない。しかし、どうせ時間もたっぷりあるし、やりたいこともないのだから、大好きなじいちゃんの言葉に従ってみてもいいのかもしれない。
 佑樹は起き上がると自分のパソコンを立ち上げる。そしてネットオークションのサイトに入った。
「けっこうするじゃん…。」
 アコースティックギター、エレキギターを調べたのだが、オークションとは言えそれなりの値段はする。佑樹の乏しい小遣いではかなりきつい買い物になってしまう。検索ワードを『ガットギター』に変えてみた。
「うひゃー、さらに高いじゃん…。」
 『ガットギター』でヒットしたページには、ほとんど名工による美術作品のようなギターが列挙され、古美術のオークションページを見ているような錯覚に陥る。こりゃあ無理だ、と諦めかけていた片隅に、3000円のギターを発見。早速商品の詳しい説明を見た。
『アンティーク 1968年製。フレット山8分程度。ネックに多少の順反りはあるものの、演奏には支障ありません。良く鳴るギターです。初心者にはぴったり。』
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