凪の海
『そうなのよね…。これもまた厄介なのよね。』
 ミチエは手紙を手に持ちながらため息をついた。
 1カ月前くらいから、文通相手から送られている手紙を読む気力が湧かない。読めば返事を書かなければならないプレッシャーが高まる。それがまた、手紙の封を開けることを躊躇させていた。
『でもへんよね…。』
 ミチエは首を傾げる。1カ月前までは、どんなに間が開いても、ミチエが出した返事の後に次の手紙が来るパターンであった。しかし、返事も書かないのに1週間後に新たな1通が送られてきて、そしてその1週間後にもまた1通。だから封が開けられていない手紙が3通ミチエの手の中に溜まってしまった。
 返事も書かないのに手紙を頂くだけになってしまっては、本当に相手に申し訳ない。これでは、相手にあまりにも失礼なことだから、アオキャンにミミズ事件をばらされても、ちゃんと相手にお断りした方が良いのでは無いだろうか。ミチエは、3通の手紙を見ながら、どんなに身体がきつくても、最後の返事を書くべきだと決心した。
 あと1通書けばいいのだと思うと、多少気が楽になった。その為にもとにかく頂いた手紙は読んでおいた方が良い。ミチエは、最初に来た1通目の封を開けた。

『前略 宇津木ミチエ様 初めてお便りさせていただきます。今まで文通をされていた進一郎くんに代わりペンを持ちました。実は、進一郎君には許嫁がいて…。』

 ミチエは、冒頭の数行を読んで驚いた。身体がシンドイことも忘れて、慌てて起きだすと、机の引き出しから今までの手紙を取りだす。あらためて手紙の封筒にある宛名の文字を見直した。確かに筆跡が違う。ミチエは、本文を読み進めた。
 読んでいるうちに、思わず噴き出した。文通相手が変わった理由がケッサクだった。私との文通が、許嫁の家に知られたら大騒ぎになるなんて…。笑いながらも、正直に話してくれたことが嬉しかった。手紙はさらに続く。

『ここで文通を終えるのもいいのですが、今こうして僕がミチエさんに手紙を書く機会を利用して相談があります。もしミチエさんさえよろしければ、僕の訓練に付き合ってもらえませんでしょうか。』

 訓練?手紙が意外な方向に進んでいく。
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